「……歌、終わったね」
『召喚術の最中に、もう2度と別の事を考えません』と1000回ほど紙に書かされていたマグナは、隣の部屋からの歌声が聞こえなくなったことを養父に告げる。
「不思議な旋律でしたね」
「でも、綺麗な声だったよ」
にしてみれば、隣の部屋に聞こえないよう……こっそりと歌ったつもりだったのだが。よく通る声質なのだろう。音量は確かに押さえられていたが、マグナの書き取りをする音しか存在しなかったせいもあり、隣の部屋の2人にはしっかりと聞こえていた。
「そうですね……『名も無き世界』の歌でしょう」
あまり親しみのない旋律と、誰かを勇気付ける詩。
の容姿に似合った可憐で涼やかな歌声。
の声は、『歌うことを許された声』だ。
伸びやかに歌えば、人の心を震わせることも、奪うことも、癒すこともできる。
歌うことを望むものが、どんなに欲しても手にすることは出来ない、産まれながらに授かった、天賦の才。
それを持ちながら、はあえて声を抑えて歌っていた。
何故もっと大きな声で歌わないのか。
レイムが首を傾げていると、遠慮勝ちなノックが聞こえた。
「どうぞ。開いていますよ」
歌の終わったタイミングと、レイムの反応から、ノックの主がわかったマグナがドアを開けようと近付く。マグナがノブを掴む前に、そっと来客の方からドアを開かれた。
「失礼します」
ちょこんっとポニーテールを揺らしてが顔を出す。
やや目元が赤く腫れてはいたが、思いのほか元気そうなの表情に、マグナは顔をほころばせて部屋に招き入れた。
「どうかした?
何かあったなら、呼んでくれてよかったのに」
「いえ、普通……主人を呼びつける召使いなんて、いないですよね?」
どこか落ちつきなく瞬きをするに、マグナは「召使い?」とややマヌケな表情で聞きかえした。
「マグナさんは、『護衛獣』を呼ぼうとしたんですよね?」
「そうだけど……」
「護衛獣の仕事は、召喚主の身の回りの世話と、護衛をすること
……でしたよね?」
目覚めたばかりで混乱してはいたが。先ほどレイムから受けた説明を、ちゃんと理解していたが、確認の意味を込めてマグナに聞く。の真剣な表情に、戸惑ってしまったマグナの変わり、レイムが「その通りですよ」と答えた。
「だったら、私を……マグナさんの『護衛獣』にして下さい。
まだこっちの世界の常識とか、何も知りませんけど……
一生懸命覚えますから」
「ええっ?」
の思いがけない言葉に、マグナは目を丸くした。
「護衛は……すぐには無理ですけど、きっと出来るようになりますから……。
お願いします、私を『護衛獣』にして下さい」
「どうして、護衛獣になりたいだなんて……」
どう見ても護る側というよりは、護られる側であろう少女。
魔法の存在しない世界で生活し、戦争のない国で生きてきた……およそ『戦闘』とは無縁な雰囲気をもったが、何故そんなことを言いだしたのか。
マグナには、さっぱり解らなかった。
「帰れないのなら、ここで生きていくしかありません。
でも、頼れる知人も当然いませんし……まず常識とか、色々勉強しなくちゃいけません。
それにはそれなりの時間が必要です。
でも、それを学ぶ時間……私には食べていくすべが無いんです。だから……」
「こちらの世界の勉強を兼ねて、マグナの護衛獣になりたい、と」
足されたレイムの言葉に、マグナはようやくの言わんとしていることが理解できた。
リィンバウムの常識はおろか、当面の生活費も住む家も、知人もなにもないこの状況。
が自分のこれからの生活に、不安を感じないはずがない。
「そんなこと気にしなくても、俺がちゃんとのこと養うよ?」
顧問召喚師たる養父に言わせれば『まだまだ半人前』の召喚師でも、世間の評価は違う。
一人前の召喚師として、マグナはそれなりに稼ぐことも出来るのだ。
ただでさえ召喚師の少ないデグレア。
そういう意味でも、稼ぎは良い。
のような少女1人ぐらい、マグナの腕でも養える。
「でも……」
『心配しなくても大丈夫』と説明されても、は引き下がることが出来ない。
事故の責任といって、ただ生活を保証されたくはなかったし、突然異世界に召喚された身で、『世の中何があるかわからない』と実感したばかりだ。
旅にでるマグナが無事に帰ってくるとは限らないし、将来的にはやはり自立を促されるのだろうから、このままマグナの申し出を受け入れるのは不味い。出来るだけ早い内に、生きていくすべを身につけなければ。
「良いのではないですか?」
なおも言い募ろうとするに、レイムが助け舟をだした。
「養父さん?」
意外な養父の言葉に、マグナは眉を寄せる。
本来ならばマグナと一緒にの不安を取り除き、館に残るように勧める立場であろうに。
そのレイムが、あっさりとの同行を認めている。
「さんに、護衛獣になっていただいても、良いのではありませんか?」
意外な助っ人に、驚いているのはマグナばかりではなく、も目を丸くして驚いていた。
そんな2人を見て、レイムはクスリッと微笑む。
「1人教えるのも、2人教えるのも、同じ事です。
……むしろ、覚えの良さそうな生徒の方が嬉しいぐらいですよ」
先ほどほんの少し話した知識を、はちゃんと理解していた。
幼いころから召喚術を叩きこんだマグナには、きちんとした知識を身につける大切さがまったく理解されず、魔力を制御する以外の術は疎らにしか身につかなかった。そんなマグナでも、己の不始末で呼び出してしまったを側に置けば、少しは召喚術への姿勢も改まるかもしれない。
そんな狙いもあるが。
初心者に最初から教えるという行為は、ただマグナに復習をさせるよりも効果が望めるかもしれない。
そちらの期待の方が大きかった。
「護衛のための召喚術は、私が教えます。
こちらの常識は……おいおい覚えていってください。
それから護身術は……そのうち、誰か適任者を紹介します」
「はい、ありがとうございます」
レイムの言葉に、はふわりと微笑む。
初めてみたの微笑みに、一瞬だけマグナは見惚れる。そしてすぐに、話しがまとまりかけていることに気がついた。
「ちょっと待ったっ!
やっぱりダメだよ。危険すぎるよ、護衛獣なんて……」
「マグナさん……」
決定権を持つマグナ本人の拒絶に、の初めての微笑みが曇った。
その姿は先ほどの花のような微笑みから一転して、捨てられた子猫のようにも見える。揺れるブラウンの双眸に上目使いで見つめられ、マグナはなんとも言えない罪悪感に苛まれた。
非常にまずい状況とも言える。
うっかり事故を起こしてしまったのは確かに自分だったが、このような罪悪感を味わったのは、初めてだった。……というよりも、何故事故で呼び出してしまった時よりも、今……この状況で罪悪感を覚えているのか。
危険だとか、無理だとか言う前に、に涙で潤んだ瞳で見つめられたら……うっかり全ての申し出を受け入れてしまいそうになる。
が、その申し出を受け入れてしまうわけにはいかない。
マグナは必死に抵抗した。
なんとなく目が離せないの顔から、それでも懸命に目をそらし、養父に助けを求めようとするが――――――所詮、レイムもの味方。
「泣かしちゃダメですよ?」
などと言ってのけた。
「だけど、養父さん」
「あなただって、養われるだけの辛さはわかっているはずですよ」
なおも逃げ道を求めるマグナに、レイムはトドメをさした。
レイムに引き取られたばかりの頃。
マグナは制御のため以外では、召喚術を学ぶことを禁じられていた。
知らず暴走させてしまったとはいえ、町をひとつ滅茶苦茶にしてしまうまでの魔力の持ち主だ。
ちゃんとした手順で召喚術を行えば、その力は想像もつかない。
強い力を持つものは、同時に強い心を持てなければ、いずれ己の力に食われてしまう。
それがわかっていたので、レイムは幼いマグナに制御以外の方法を教えなかった。
そんなマグナが現在、召喚師としての力を身につけているのは――――――
「ただ何もせず、温かい部屋を食事を与えられるのは苦痛で、肩身が狭い。
息苦しくて死んでしまいそうだ。
……昔そう私に言ったのは、どこのどなたですか?」
養父に諭されて、やっとマグナは気付いた。
今のと、昔の自分は同じなのだと。
いきなり知らない場所につれてこられて、知らない人間と一緒に暮らすことになった、幼いマグナと今の。
浮浪児として妹と育ってきたマグナにしてみれば、働くことなく食べさせてもらえることはおかしかったし、逆に裏がありそうで怖かった。
だから資質があるのならば召喚師として働きたい。
恩ある養父の役に立ちたいと、渋る養父を説き伏せ、召喚術を学びはじめたのだ。
今思えばそんな思考しか浮かばないほど、マグナの心は乏しかったのだが。……も、やはり同じなのだろう。まだ少ししか話してはいないが、彼女には時々うつむきそうになる癖がある。
マグナを含め、常に周りにおびえているようにも見える。
は、昔の自分だった。
だったら……かつて養父がそうしてくれたように。
マグナ自身がを守ってやればいい。戸惑い、悩むことがあれば、その背中をおしてやればいい。旅先で危険があるのなら、マグナ自慢の召喚術で守れば良いし、召喚術が間に合わない事があれば、剣がある。
『護衛獣』を守ろうなどと、微妙に間違っている気がしないでもないが。
それでもマグナは決意した。
「……わかった。
俺からも頼むよ。俺の護衛獣になってくれるかい?」
しばしの沈黙のあと、急に答えを変えたマグナには呆然と瞬いた。
それからゆっくりと、マグナの言葉を理解して。
「は、はいっ!」
儚い印象を吹き飛ばす、満面の笑顔では微笑んだ。
その笑顔に保護欲を刺激され、『守らなきゃな』と決意をあらたにしているマグナに、が改めてお辞儀をしつつ、これまた可愛らしい声で告げた。
「これからよろしくお願いします。……ご主人様」
護衛獣と召喚主という関係を考えれば……普通の呼び方ではあったが。
どう見ても同じ人間たるに言われると――――――
「あと、『レイム様』とお呼びすればよろしいんですよね?」
「『レイムさん』で構いませんよ。
さんの『ご主人様』は、マグナだけですから」
呼称の確認をするに、レイムは微笑みながらワザとらしくマグナの肩を叩く。一瞬頭が真っ白になていたマグナは、それで我を取り戻し、あわてて一言叫んだ。
「『ご主人様』は禁止――――――っ!」
結局、マグナのその『命令』は、に聞き届けられなかった。
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後書きの類似品。
やっとこさ……00話本編としては終了(苦笑)
最低限の流れ、の話しですが。
のマイナス思考は今がどん底予定。これからマグナと旅立ち、トリス達と出会い、変わって……いく予定ではあります。
マグナ主人公のオリジ要素満載、の心の成長と夢小説の醍醐味(爆)微妙に逆ハーテイスト……が、目指す路線ですから(笑)
そんなわけで……次回は01話には進まずに(笑)
スタート地点が『デグレア』である醍醐味2人の登場ですの☆
(2004.01.29UP)
(2008.02.19 加筆修正)