セーラー服姿の少女には不似合いな部屋に1人残り、は自分の置かれている状況を必死に整理していた。

 自分は、見知らぬ地に―――それも自分が今まで生きてきた世界とはまったく異なる世界に―――『召喚術』という神秘の力によって、召喚されてしまった。
 知人もいない。
 当然、身内にも逢えない。
 それどころか、その原因になった召喚術は事故であり、帰れる術もない。
 今は事故を起こした当事者たちが、状況を整理するため、屋根のある部屋に自分の身柄を置いているが。が召喚されたのは、『事故』によるものだ。役に立たない『誤って』召喚してしまったものを、いつまでも手元に置いてはおくまい。

 どこの世界でも、人間は人間だ。

 己の失敗には隠蔽したがるだろう。
 召喚した存在を『獣』と呼ぶ彼等が、その『獣』の『人格』を重んじるとは思えない。

 屋敷を追い出されるか、悪くすれば――――――

 嫌な思考に辿り着き、はぎゅっと膝の上で手を握り締めた。その手の甲に、先ほどから堪えていた涙が数滴こぼれ落ちる。

 ほんのりと温かい雫に、夢の中で感じたぬくもりを思い出す。
 自分が目を覚ますまで、ずっと側にいてくれたらしいマグナの指先と、こちらまでつられてしまいそうな人懐っこい微笑み。

 ――――――彼を頼ってもいいのだろうか?

 見たところ、自分とそう歳の変わらない少年。
 『養父』と呼んでいたからには、彼も養われている立場なのだろう。――――――やはり無理は頼めない。

 人の良さそうなマグナならば、養父に頼み、しばらくは置いてもらえるかもしれない。が、いつまでもそうはいかない。あくまで、『しばらく』と考えた方が良い。
 そして、帰れないのならば、はこの世界で生きていくしかない。とはいえ、突然『召喚』された身。戸籍も住所もない自分が、まともな仕事につけるかも怪しい。窓すら開けられなかった自分は、まずこの世界の常識から学ばなければならない。これには相当の時間が必要だろう。
 それまでに、ここを追い出されてしまえばおしまいだ。

 ともすれば堂々めぐりする思考を切り替えようと、は事故の原因を思い出す。

 妹を探す旅にでるため、自分の『護衛獣』を呼び出そうとしていたマグナ。
 護衛獣というからには、その仕事は召喚主の身の回りの世話と、文字通りの護衛。

 自分はまだ、こちらの世界――――――リィンバウムについて何も知らないけれど。
 言葉は通じるのだ、身の回りの世話ぐらいなら出来るかもしれない。

 なにはともあれ、マグナは護衛獣を『必要』としているのだ。
 護衛獣のかわりが出来れば、妹を探す旅の間はそばに置いてもらえるかもしれない。その間に、リィンバウムの常識を学べばいい。

 幸いなことに、マグナの養父はこれから召喚術の復習をさせると言っていたから、妹探しの旅にもすぐには出発できないはずだ。マグナが召喚術を復習している間に、せめて身の回りの世話ができるぐらいになれれば――――――

「……がんばろう」

 見知らぬ世界に、1人放り出されるよりは。
 リィンバウムの常識を一から学んで、誰かの側にいたい。
 産まれた時からゆっくりと学ぶ世界の常識を、今から急いで学ぶのは大変なことだろうが。
 それが出来なければ、リィンバウムで生きてはいけない。

 正直、元の世界では『死んでしまいたい』などと思うこともあったが、それでも……本当に死んでしまうのは怖かった。
 死ぬことで、いなくなることで楽になれるとは思わない。
 それが見知らぬ世界であるならば、なおさら。

「隣の部屋にいるって、言ってたよね」

 確認するように、一人呟く。
 『何かあったら呼んでください』といわれてはいたが、仮にも「護衛獣にしてください」と隷属を申し込むのだ。『主』になる人物を呼びつけることはできない。

 立ち上がり、は廊下へ続くドアに近付いた。
 ドアノブに手を伸ばし、濡れた手の甲に、自分が先ほどまで泣いていたことを思い出す。はあわてて頬を伝う涙をハンカチで拭き取ってから、ゆっくりと深呼吸をした。

 どちらかと言えば、自分は異性が苦手である。
 小さな頃にいじめられたのも原因のひとつだったが……思春期になって身長差が開くと、異性の高い位置にある目に威圧感を覚え、まともに会話をすることすら出来なかった。
 くわえて同姓が相手であっても、積極的に自分の意見を口にすることが苦手である。

 ハンカチを握った手が震えているのを感じた。
 もう一度だけ深呼吸をして…………