「私はデグレアの顧問召喚師をさせていただいております、
 レイムと言うものです」

 窓を閉めた後、マグナに促され、彼の養父レイムと向き合うようにはイスに座っていた。

「ここは旧王国、崖城都市デグレア……」

 目の前の2人はどう見ても日本人ではなかったが、幸いなことに言葉は通じる。世界は広い……と片付けるのは少々無理があるようだったが、そこだけは大きな救いになった。

 並べられる聞き覚えのない単語に、はただ首を傾げることしかできない。
 そんなの様子に、レイムは「やはり……」と呟いた。

「リィンバウム、と言う名前に覚えはありませんか?」

 それまでの説明とは打って変わった簡潔な問いに、は少し記憶をさぐり、ただ「知りません」とだけ答える。

「あなたが今いる、この世界のことです」

 窓から見えた町並みに、日本でないことはなんとなく判っていたが。マグナとレイム、2人の服装をみて、それは確信に変わっていた。
 日本の服装ではないし、どこか外国の民族衣装と言われても違和感の残りそうな服装。そしてなによりも…マグナはともかく、レイムという男性の瞳の色は見たことがない。髪は脱色なり染めるなり、なんとでもなるが……あんなに綺麗な銀色の瞳なんて、カラーコンタクトを使ったとしてもありえない。

 なんとなく、この世界は自分のいた世界と違う。そう感じてはいたが、実際にそう告げられると、やはり驚きは隠せなった。

「とりあえず、今は必要なことだけを簡単に説明します。
 ……このリィンバウムは、天使や悪魔が住む霊界『サプレス』、
 幻獣や亜人が住む幻獣界『メイトルパ』、
 機械や融機人が住む機界『ロレイラル』、
 そして…鬼神や龍神、人間や妖怪が住む鬼妖界『シルターン』。
 これら4つの世界と隣り合った世界です」

 が理解するのを待つように、ゆっくりと語られるレイムの言葉。
 心の中で反芻しながら、は自分の置かれている状況を理解しようと必死だった。

「リィンバウムに住むものは、それらの世界の住人たちを『召喚術』と呼ばれる術で呼び出し、
 自分の護衛をさせたり、身の回りの世話をさせたりします」

「4つの世界と、召喚術……」

「どの世界か、聞き覚えはありませんか?」

 優しい瞳に確認され、は何も知らない自分が、情けなくなる。
 のいた世界には『召喚術』はおろか、『魔法』というものが存在しない。
 いきなり4つの世界だとか、召喚術だ、とか言われてもピンとこないし、理解できるほうが逆におかしい。
 結果として、レイムの問いに対し、首を振って答えることしかできないのは大変心苦しいのだが。

「ではやはり……あなたは『名も無き世界』から召喚されてしまったようですね」

 困惑気味に眉を寄せるレイムに、は不安になった。
 呼びだす術があるのなら、当然のように送り返す術もあるのだろう、と思っていたのだが――――――そうではないのだろうか。

「……まだ他にも世界があるんですか?」

「まだ専門家の間でも、はっきりとはその存在を確認されていない、不確定な世界です」

「困りましたね……」っと綺麗な眉を寄せてレイムが呟く。
 その表情にますます不安をかきたてられ、の声も小さくなる。

「あの……?」

「『名も無き世界』からの召喚は、
 今のところ事故による偶然でしか、報告されてはいないんですよ」

「それじゃあ……」

 自分は元の世界にかえることはできないのか。

「可哀想ですが、私には……
 この場合は、あなたを呼び出した不肖の息子には、
 あなたを無事に元の世界へ送還することは出来ません」

「そんな……」

 確かにその世界から召喚されたのに、それは事故によるもので。
 送り返すべき世界の存在そのものが不確かで、道を開いた召喚師がいても元の世界には帰れない。
 身ひとつで見知らぬ場所、それも異世界という『世界そのもの』が根本的に違う場所に、自分は放り出されてしまったらしい。
 いきなり絶望的な結論を教えられて、は目頭が熱くなるのを感じた。そのまま顔を俯けて、とりあえず涙を堪えようと、忙しく瞬きをする。

 それでも今度は鼻の奥がツンっとして――――――






「ごめん、
 俺が失敗したから……」

 俯いたの肩に、マグナの手が添えられる。

?」

 小さく震える肩に、泣かせてしまったかと、マグナは狼狽えた。が、まずは泣き止んでもらおうと、を慰めるため、マグナは俯いた少女の顔を覗きこみ――――――少女は、泣いてはいなかった。
 ただ顔面は蒼白で、小刻みに震えている。

「すみません、少し……頭の中を整理させてください」

「でも……」

 震える声でそう告げるに、マグナは食いさがった。
 そんなマグナを、レイムが嗜める。
 急に知らない世界に召喚されて、混乱しているのだから、今はそっとしておいてあげなさい。と、言葉には出さず、その銀色の瞳でマグナを見つめた。

「私達は隣の部屋にいますから、何かあったら呼んでください」

「俺は……のそばに……」

 にそう告げて席を立つレイムに、促されたマグナが不服そうに言い返す。

「あなたには……今回の事故に関する反省文の作成と、
 召喚術を基礎から復習していただきます」

「ええっ!?」

「不服、ですか?」

 レイムは穏やかに微笑んではいるが――――――マグナはその微笑みの意味を、嫌と言うほど知っていた。
 彼の養父はとても穏やかな人物で、腹を立てる姿など、まずめったには見せない。しかし、一度その逆鱗にふれれば……お仕置きという名の召喚術が炸裂する。威力の弱い召喚獣とはいえ、一国の顧問召喚師の技。笑い事でも、無事でもすまない。幼い頃は一般家庭ではお仕置きにカミナリで撃たれることはないと知って、マグナは羨ましかったものだ。

「………イエ、ナンデモアリマセン」

 顔にこそでていなかったが、どうやら今回の失敗に随分腹を立てていたらしい養父に、マグナは素直に従う。処刑台にあがる囚人にでもなったような気分でマグナが部屋を出て行こうとすると、俯いていたに呼びとめられた。

「私は……いえ、マグナさんは、どうして……『召喚』をしていたんですか?」

 自分が知らない世界に呼び出されることになった理由を、彼女はまだ知らない。
 それを知ったからといって、召喚されてしまった事実は変わらないのだが。
 心の整理をするためには、その理由が知りたいのだろう。
 マグナは正直に答えた。

「護衛獣を呼び出そうとしたんだ」

「なんのために?」

「卒業試験……みたいなものかな?
 ずっと昔に、生き別れた妹の行方が最近わかって……
 迎えにいくために旅にでるんだ。
 だから、旅の道連れと、護衛を兼ねて」

 卒業試験。と称するのは、マグナの場合、少しだけ微妙だったが。
 召喚師としてのマグナの実力は、レイムの指導の元、人並み以上に身についている。力と才能を味方に、普通なら極めても2つの属性しか扱えないところを、マグナは4つ全ての属性の召喚術がおこなえるし、属性によってはすでに最高位の召喚獣を呼びだすことも出来る――――――人並み外れた実力者と言えた。
 そんなマグナには、足りないものがあった。
 それが、集中力と記憶力。
 折角積めこんだ知識や経験も、咄嗟の事態に陥った時には無駄になる。一瞬にしてマグナの頭は真っ白になり、術を失敗させる事が多々ある。そのあたりが、レイムがマグナを一人前と認められない要因だった。

「護衛……ですか」

 マグナの言葉を、自分に言い聞かせるように呟く
 そこにレイムの追い討ちがかかる。

「まあ、集中力がたりなくて、失敗したわけですが」

「うっ……」

「これからしっかりと、学び直していただきますよ。
 旅先で、さんのような『犠牲者』を出さないように」

 『犠牲者』の部分をわざと強調する養父に、息子は何も言い返せない。
 確かに、知識とそれを行うだけの実力を身につけても、実践で集中力が欠けたせいで失敗を繰り返していたら、何にもならない。仲間に囲まれた場所でなら、仲間に被害が。召喚師として戦場にでも出ていたのなら、その失敗は己の死に直結する。
 その結果は――――――

「まったく、デゲレア顧問召喚師自ら手塩にかけて、
 『クレスメント』の名に恥じぬ実力を付けさせましたのに……」

「うぅぅ〜…………」

 マグナにレイムの小言に対し、口答えをする権利はない。
 隣室に移れば始まるであろう小言と『お仕置き』に思いをはせ、せめてもの抵抗、とため息をひとつ。
 マグナはがっくりと肩を落とし、レイムに続いて部屋を出た。






 部屋には1人、俯いたまま自分の情況を整理しようとしている少女だけが残された。






  

 後書きの類似品。

 なにはともあれ、マグナとレイムの関係はこんな感じ……って、なんでレイムのところにマグナがいるのか、全然説明されてない(爆) ま、いいか(おい)
 何でもそうですが、物を書くときよく思います。『自分は何も知らない』って。
 とくに文章だと、知らないとまったく書けません。
 そんなわけで、の出身地は、冬でも雪が降らない地域です。
 数年に一回風花が舞う程度の地域に住んでる私には…デグレアの寒さなんで、想像できない(待て)
 せいぜい……冷凍庫並みに寒い…ってか冷たい。って印象しかないのですが……もっと冷たいんだろうなァ。

 デグレアがスタート地点の最大の魅力(待て) ルヴァイドとイオスの出番は……あと1回はさんでから。
 次は……の問題発言です(おい)

(2004.01.25UP)
(2008.02.09 加筆修正)