窓の外には、すでに夜の帳がおりていた。

 厚い灰色の雪雲に、かすかに滲む月明かり。
 黒い空から舞い降りる雪。
 大地に厚く降り積もった雪が、家々の明かりを反射して白く輝いていた。

 外の雪が本物かどうか確認がしたいと、は窓の蝶番に手を伸ばし、すぐに手を止める。
 窓枠と同じ装飾の施されたその蝶番は、が見たこともない構造をしていた。
 一般的に学校や自宅にある物とは、とにかく構造そのものが違う。
 それでも良くみると仕組みは理解できたので、窓を開けようと試みるが……堅くての力ではびくともしない。コツがいるのか、はたまたに握力がないだけなのか……はしかたなく、窓の外をもう一度見た。

 先ほどは雪にばかり気をとられていたが。
 今自分がいる部屋も、どうやら特殊な部屋らしいことがわかる。
 内装の豪華さもさることながら、窓の外すぐにある中庭はかなりの広さがあるし、少し遠くに見える家々の明かりは、のいる部屋の位置よりも低い。
 どう考えても3・4階にこの部屋はあるのだろう。

 がそっと窓ガラスに触れると、外との気温さで、手のまわりが白くなった。

 ――――――コンコン。

 軽くノックする音にが振りかえると、返事も待たずにマグナが顔を覗かせる。
 そしてベッドの上にがいないのを見ると、そのまま視線を泳がせて……窓辺に立つを見つけ、不思議そうに首を傾げた。

「お待たせ……って、何やってるんだい?」

 温かい室内にいて、わざわざ寒い窓際により、なおかつ冷たい窓に触れている
 日々をこの寒い国で送っているマグナにしてみれば、少々不思議な彼女の行動。
 本気で目を丸くして驚いているマグナに、はそんなに自分はおかしなことをしているのか? と逆に戸惑ってしまった。

「あの……外に、雪が……」

「雪が、どうかした?」

 雪の降らない地域に住んでいたには、雪は不思議な物だったが。
 あいにく、一年中雪に閉ざされた国に住んでいるマグナにとっては、雪の降らないところの方が想像できない。かつては聖王国で暮らしていたが、あの北の町も……一年中こそ降ってはいなかったが、それでも冬になれば長い雪の季節が訪れる。
 雪国デグレアで育ったマグナには、の行動が理解できなかった。が、彼女が窓を開けたそうにしていることだけは、雰囲気でわかった。

 首を傾けながらも、マグナは窓辺のに近付く。

 そのマグナに続いて、銀髪の男性が部屋に入ってきた。

 歳は……多く見積もっても30に届くか届かないか。
 調った顔立ちと、長い銀髪。服に不思議な文様が入っていたが、男の持つ穏やかで優しい空気と、それでいて圧倒される雰囲気にはよく似合っている気がした。
 遅れて入室してきた男に、は一瞬だけ見愡れる。
 男の紫がかった銀色の瞳は、の姿をとらえると、柔らかく微笑む。

 その微笑みにつられ、はぺこりと頭を下げ――――――首を傾げた。

 先ほどマグナは『養父』を呼びに行く、といって部屋を出ていったはずなのだが。
 いくら『養父』と言っても、若すぎる。せいぜいが、歳の離れた兄。……といったところだろうか。とてもではないが、自分とそう歳の変わらないマグナの『養父』には見えない。

「……ここの窓は、防寒のために厚いし、堅いんだ」

 いつの間にか隣にたったマグナが、が苦戦していた窓の蝶番を難なく開く。
 少しだけ開かれた窓の隙間から、凍りついた冷たい風が吹きこむ。そのあまりの冷たさに、は思わず身震いし、数歩窓から後づさった。が無意識に自分の肩を抱くころには、それを見たマグナがすぐに窓を閉めた。

「……本物の、雪……?」

 腕をさすりながら窓の外を見つめ続けるに、マグナと銀髪の男は顔を見合わせた。