「…………マグナ」
低く落ちつきのある声に名を呼ばれ、マグナは背筋を伸ばす。
穏やかな響きの中に、感じ取れた感情は『警告』。
声の聞こえた方向に目をむけると、案の定。
旧王国・崖城都市デグレアの顧問召喚師―――マグナにとっては養父兼召喚術の師匠でもある―――レイムが微笑んでいる。一見優男風の養父の微笑みは、見る者が見れば瞳と思考を奪うものではあろうが。長年その微笑みの隣で育てられたマグナには、それが見たままの優美な物でないことを、痛い程に理解している。見かけだけは優しい微笑みに、決して騙されてはいけない。
今もそうだ。
優し気に微笑んではいるが、『警告』の奥に『怒り』の感情が見て取れる。
「召喚術の最中に、考え事ですか?」
すっと銀色の目を細めるレイムに、マグナはようやく自分が召喚術の最中であったことを―――余計な事を考えている場合ではなかったことを―――思い出した。
「意識がこちらに戻ってきたところ、大変恐縮なのですが……」
優しい微笑みを浮かべたまま、マグナの手に握られた赤い石に視線を移し、レイムはとんでもないことを言ってのけた。
「このままでは、暴発しますよ?」
養父に指摘され、マグナは手の中に収められた赤い石を見つめる。
幼いあの日、自分の手の中で輝いた赤い石。
手足が伸び、青年として立派に成長し、召喚師としての知識をつけた今ならば、この石が『サモナイト石』と呼ばれる特別な石であったことがわかる。
召喚師が召喚術を行う時に、異界より呼び出されたモノと契約を結ぶための石。
幼いころ。
そんな道具とは知らず。
また、自分にそんな素質があるとも知らず。
街一つを巻き込み、暴発させてしまった、脅威の力を秘めた石。
その石の力を借り、開きかけた『門』が不安定に揺れていた。
「……我が魔力に応えて、異界より来たれ」
石の赤い輝きに、餓えと寒さに震えながらも、妹と過ごした日々を思い出していた。
ほんの少しの弱気に、マグナは散漫になっていた意識を引き締める。
今おこなっている召喚術が成功すれば、養父のレイムに晴れて一人前と認められ、旅立つことを許されるのだ。
最近になって知った、『幼い少女が引き起こした召喚術の暴走』という誤ったあの事故の顛末。その時の少女は捕らえられ、今は聖王国の蒼の派閥にいるという。
それが本当なら、聖王国に行けば、妹に会えるのだ。
たった1人の肉親で、生まれてからずっと隣にいた双子の妹に。
マグナとしては、何がなんでも養父に認められねばならない。
その気負いが仇となった。
「新たなる契約の下に、マグナが命じる…………って、続きなんだっけ?」
一瞬、頭の中が真っ白になったマグナが、素っ頓狂な声を出す。
その瞬間。
マグナによる制御を完全に離れた召喚の門が、ぐにゃりと歪んだ。
「新たな契約の下に、マグナが命じる…」
弟子の不始末から歪んだ門を支えるため、レイムがマグナの呪文を引き継ぐ。どのような形にせよ、デグレア顧問召喚師の館で召喚術の暴発などを起こすことは許されない。
「呼びかけに応えよ」
養父の声につられ、ようやく呪文を思い出したマグナが声を重ねる。
「「異界のものよっ!!」」
不安定に歪みながらも完成された呪文。
暴発寸前の門は、赤い閃光を放ち――――――ひとつの影を落とした。
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