最後に見たのは笑顔。



 聖王国の北、小さな田舎町。
 戦争で親をなくした孤児や、口減らしのために捨てられた子供が、肌を寄せ合い暖をとる――――――そんな薄暗い路地裏に、その兄妹は生きていた。

「お兄ちゃん」

 草の根をかじり、空腹を誤魔化していた浮浪児の少年は、声のした方へと振り返る。声の主は、すぐに見つかった。自分に向かって駆けよってきているので、探すまでもない。
 まるで宝物でも見つけたかのような満面の笑顔を浮かべ、妹のトリスが走りよって来た。

「マグナお兄ちゃん、見て」

 マグナが自分に向けられて差し出されたトリスの手を覗き込むと、赤い石が妹の小さな手に宝物のように握られている。

「これ、売ったら御飯食べられるかな?」

 痩せた頬を薔薇色に染めて笑う妹に、マグナもつられて笑った。

「キラキラ光ってる。宝石かな?」

 宝石ならば、いくらかのお金にはなる。浮浪児の仲間ともども、今日の空腹ぐらいはしのげるはずだ。
 確認をしよう、とマグナは妹の掌に乗せられた赤い石に手を伸ばす。

 指先に触れる、ひやりとした石の質感。

 トリスの掌の上で冷たい輝きを見せていた赤い石は、マグナの掌に移ると、その輝きを変貌させた。

 冷たかった赤い石は、一瞬のうちに熱を持つ。
 マグナの体温を吸い取るように熱を帯び、すぐに自ら光を放つ。

 マグナの掌で、キラキラと―――禍々しくも―――赤い輝きを増す赤い石。

 見たこともない輝きを見せる石に、トリスは身を乗り出してマグナが持つ石を見つめた。

「きれいだね、マグナお兄ちゃん」

 石を見つめたまま、トリスはうっとりと微笑む。
 その頬を染める、赤い光。
 爆発的に広がる、赤い閃光。
 にこにこを笑みを深めて、妹は兄を見上げた。

 両親をなくし、頼る親戚もなく、路地裏に隠れるように生きてきた、たった1人の肉親。
 少年にとっては、世界で一番――――――大切な少女。

 それが少年の記憶に残る、最後の姿になった。