何度目かの襲撃をやり過ごした頃、街道をそれた林での夜営をジェイドが提案した。

 ミュウのおこした焚火の側に身を置き、は久しぶりに一人きりだ、と気がつく。
 オールドラントに来て以来、常にティアがの隣を護るように歩いていた。イオンと行動を共にするようになってからは、その役割をイオンが引き継ぎ、現在にいたる。見える範囲に人がいるとはいえ、『独り』にされたのは初めてかも知れない。

 は膝を抱き、ぼんやりと揺れる炎を見つめる。

 ――――――私だって、好きで殺しているんじゃない。

 『ゲーム』の中で、ティアはそう云っていた。

(……たしかに、『好き』で殺せるものじゃない……)

 焚火に赤く染まった自分の手を見つめ、は思う。
 コントローラーを握っての戦闘と、剣を持っての戦闘は、違う。
 モニターの外で『レベルあげ』と称して行った戦闘はただの『数』であって、そこに『命の重み』はない。
 が、モニターの中から見れば違う。
 『数』ですらなかった『物』が、『命として』目の前にある。

 そして、『命』と戦闘を行う、という事は――――――

(他人の可能性を奪うこと、か……)

 確かに、その通りだった。
 モニターの外で聞いた『台詞』への同調ではなく、同じ視点に立つ事で違う響きをもって聞こえた『言葉』への感想。
 とティアが行ったことは、『イベント戦闘』でも『雑魚戦』でもない。
 人と人の……殺し合い。

「……人を斬ったのは初めてですか?」

 不意に頭上から聞こえた声に、は顔をあげた。






「……」

 ジェイドの口からもれた至極当たり前な質問に、は瞬く。
 どう応えたら良いのかが、解らない。

 否。

 答えは至極簡単だ。
 迷うことなく答えられる。
 答えられるが――――――下手な答え方をしたら、また弄られるのでは? と頭の隅で警鐘がなった。

「最初で、最後であって欲しい。……そう、思います」

 逡巡したのち、当たり障りのない返答を選んで、は唇を開く。
 ジェイドを見上げた視線を戻し、赤く染まる自分の手のひらを見下ろした。

「でも、そうも云ってはいられなさそうですが」

 神託の盾はイオンを追って現れる。
 イオンに付いて旅を続けるのならば、達は神託の盾に襲われ続けることになる。襲われ続けると云うことは、身を護るために、はこれからも人間を斬らなければならない。

「斬るとか、斬られるとか、まだ実感がないです」

 ゆるやかに手を握り、開く。
 昼間、この手に剣を持ち、人を刺した。
 確かに、とどめを刺したのはではなかったが――――――が人を刺したという事実はかわらない。

 が神託の盾兵を斬ったのは、突然のことに反応しただけの『結果』であっても。
 明確な殺意がなかったとしても。

「しかし……」

 『実感がない』などとは云ってはいられない。
 相手は常に自分達を探し、襲いかかってくるのだから。
 襲ってくる相手を―――人間を―――傷つけた、などと落ち込んでいる場合ではない。
 うつむいたに向けられたジェイドの言葉を、は引きつぐ。
 最後まで云われなくとも、解る。ジェイドはタルタロスでルークに似たような台詞を云っていたはずだ。

「相手はこちらを殺してもいいのに、こちらは相手を殺してはいけない。
 そんな『理屈』はない。――――――ですか?」

「……ええ」

「わたしだって、まだ死にたくありません。
 できる事なら、避けて通りたいけど……」

 今は、と続けては立ち上がる。
 ジェイドに振り返ってみたが、高くなった視点でも目をあわせる事はできなかった。もともとジェイドが長身で、が小柄、ということもある。あるが……それ以上に何かが引っ掛かり、顔をあげることができない。

「今は、考えないようにします。
 自分を殺そうとしてくる相手のことより、自分が生きる事を優先します。
 優先、しなきゃ……」

 言葉が見つからず、は唇を閉ざした。
 どう言葉を取り繕おうとも、自分が今、口にしている言葉は――――――






「……では、とりあえず相手を斬る時に、目を閉じるのはお止めなさい。
 自分が斬られますよ」

 ルークよりも重傷。
 ただし、今現在は。
 目の前の娘にそう判断をくだし、ジェイドはを見下ろす。

「……はい」

 しゅんっと俯き、項垂れた娘は、それでも自分がしたことを理解して、受け止めようとしている。
 ルークのように闇雲に虚勢を張るのではなく。
 虚勢で自分の心へのダメージを最小限におさえ、全てを事実としてゆっくりと受け入れようとしていた。
 頭が――――――勘が良いと云った方が正しいのかもしれない。
 ただし、戦闘に関する勘が。

「剣以外の武器をもった経験は?」

「ありません」

 そもそも、日本には銃刀法というものがある。
 は剣といえる物は木刀ぐらいしか触ったことがない。銃にいたっては、博物館やドラマでしか見たことがない。

「剣をもったのも……初めて、ですよね?」

「はい」

 構えも何もできていなかったの『斬り』を思い出し、ジェイドは顎に手を当てた。

「……では、これを」

「?」

 音素を操り、ジェイドは腕から槍を取り出す。
 それを眼前に差し出すと、は首を傾げた。

 些細な所作であったが、ジェイドは違和感を覚える。が、今はそれを思考の隅におしやった。

 今必要なのは、の不自然さを暴くことではない。
 今必要なのは、自分達がいかに優位に旅を続けるか。

 そのために、目の前の娘に身を護る方法を教えること。

「軍の支給品です」

 云いながらひと振り。
 質は決して良くないが、量産品としては、こんな物だろう。初心者が使うものとしては、悪くはない。

「剣を」

 槍をひと振りした後、ジェイドはに手を差し出す。
 その手に、の短剣がのせられた。

「『人を斬る』事を恐れるのは、まあ……民間人としては、普通のことだと思いますよ」

 短剣を器用に操り、槍の穂先を弄る。

「いつまでも『そう』では困りますがね」

 トントントンッ――――――コトッと槍の刀身が本体から外れた。

「これなら、相手を『斬る』ことはできません」

 刀身をはずされ、ただの鉄の棒となった『槍』をに手渡し、ジェイドは短剣の刃を確認する。刀身を外すため、短剣をノミがわりに使用したが、刃こぼれひとつしていない。短剣の質が良かったよいうよりは、使用者が器用だっただけだろう。絶妙な力加減に刃こぼれこそしていなかったが、安物の短剣だ。
 『棒』を手渡され、戸惑うにジェイドは続ける。

「短剣にくらべ、相手との間合いもとれるので、より安全に身を守れますよ」

「でも、大佐は……?」

 『棒』は自分の護身用か、と納得したが首を傾げた。
 に自分の武器を渡してしまっては、ジェイドが身を護るすべがない。確かに、ジェイドは譜術士なので、武器に頼らなくとも戦えるが。

「私はこちらでけっこうです」

 クルクルと短剣を弄び、に示す。

「これでも軍人ですからね。
 扱えるのは、槍だけではないんですよ」

「はあ」

 首を傾げながら、曖昧な返事を返すの目の前で、ジェイドは短剣を『腕の中に』しまう。コンタミネーション現象と呼ばれる、理論だけであれば専門家達に知られる現象。
 あくまで、『理論として』『専門家にのみ』知られる現象。
 これを自在に操り、自分のモノとできた人間を、ジェイドは知らない。
 正し、自分以外には、とつくが。

 一般的に見れば十二分に不可思議である現象を目の前に、はそれを露程も疑問に思わないらしい。
 首を傾げているのは、ジェイドの言葉に対して。
 決して、コンタミネーション現象に対してではない。

 不可思議であるはずの現象を、不思議と思わない、不自然な娘。

 けれど、ジェイドはそれについての言及をしない。
 今はまだ、必要のないことだった。

「と云うわけで、早速ですが……槍術の基本をお教えいたします。
 前線に立てとは云いません。
 身の守り方だけを覚えてください。
 まあ……余裕があるようでしたら――――――

 イオン様の護衛もお願いいたします。
 そう続け、ジェイドはに微笑んだ。





  

は特技『瞬迅』を覚えました。
……こんな感じ?
『棒or棍』なので、『瞬迅槍』ではない(笑)