楽しそうに細められた真紅の瞳に、は小さく肩を竦めた。
(……またやっちゃった……)
これで何度目の失態だろうか。
下手な事を云わぬようにと、気をつけると態度に出てしまい、態度に気をつけると、今度は言葉にそれが出てしまう。
(わたし、誤魔化すとか、嘘つくとか、向いてないのかも……)
小さくもれたのため息に、ジェイドを除く仲間達が微かに首をかしげた。
「……ところで、あなたは?」
タルタロスから休まずに街道を進み、ある程度の距離を稼げた頃。
イオンが疲れを見せた事もあって、一行はようやくの休憩をとることになった。
そこで取りあえずの事情をガイに話し終え、ジェイドは最後に―――本来ならば、一番最初に聞くべきだと思われる―――自己紹介を求めた。
「俺はガイ。
ファブレ公爵の所で世話になってる、使用人だ」
爽やかに笑いながら名乗るガイは、イオン、ジェイドと順に握手をし……の前で立ち止まった。
一瞬だけ引きつったガイの笑顔に、は苦笑を浮かべる。
それから、ジェイドに続いて握手……は求めずに、小さく会釈をした。
普通ならば同じように握手をしよう、と手を伸ばすところなのだろうが。はガイが女性恐怖症であることを知っている。
無闇に近付いては気の毒だ。
イオンの隣で小さく会釈をし、はガイには近付くことはしない。ガイの唇から洩れた安堵のため息に、が苦笑を浮かべると――――――何も知らないティアが、自分も挨拶をしよう、と彼に近付いた。
「!」
「「?」」
びくりっと背筋を伸ばし、後ずさったガイに、イオンとティアは首を傾げる。
ガイの事情を知っているルークはにやりと笑い、ジェイドは――――――ガイの反応ではなく、を見た。は、ジェイドの視線には気付かず、イオンと一緒にガイとティアのやり取りを見つめている。
「……何?」
ガイの突然の反応に戸惑いながらも、気を取り直したティアが再びガイに近付く。
「……ひっ」
「…………」
今度は小さな悲鳴まであげて、ガイはティアから飛び退いた。良く見ると微かに手足が震えている。
「……ガイは女嫌いなんだ」
「……というよりは、女性恐怖症のようですね」
ルークの説明に、視線をガイに移したジェイドが相づちを打つ。
その説明を聞いていたティアが、なおもガイに近付こうとしたが……結果は同じだった。
「ところで……」
近付かれては飛び退く。
同じ行動を繰り返すガイとティアに向けられたジェイドの視線が、イオンの隣で面白そうに二人のやりとりを眺めていたに戻される。
「あなたは彼が女性恐怖症だと、知っていたんですか?」
そして、話しは冒頭に戻る。
楽しそうに細められた真紅の瞳に、は――――――の胃はキリキリと悲鳴をあげた。
目の前の男は、どこまで勘がよいのか。
はたまた、どこまで意地が悪いのか。
答えに窮したを、ジェイドは楽しそうに見つめている。
「……知ってるわけ、ないじゃないですか」
しばしの間を置き、はそう応えた。
普通に考えれば、出会ったばかりの相手が女性恐怖症というトラウマ持ちである、などと知っているはずがない。
ミュウが泳げない、と云った時のようにはっきりと発言した訳ではないので、今ならまだ誤魔化せる……はずだ、と腹を決め、はやや引きつりながらも笑顔を浮かべる。その微笑みを受けて、ジェイドは眼鏡の位置を直した。
「即答しなかった時点で、あなたの負けですよ」
「……」
なんの勝負ですか。
そう出かかった言葉を、は引きつったままの頬に力を込めて飲み込む。
「……まあ、いいでしょう」
『いいでしょう』と云いつつも、まったく納得していないと判る表情で、ジェイドは笑った。
(うう……
『笑顔が怖い』って、こういう顔のことを云うんだ……)
微笑みを浮かべたジェイドに構え、無意識に力の入ったの手に、イオンは首を傾げる。それから、ジェイドとのやり取りを不思議そうに見つめた。
「……なんで、知っていたって思ったんですか?」
確かに即答せず、しばし返答に困ったのはまずかったかもしれない。
普通に考えればあり得ない事なのだから、答えは『考えるまでもない』事になる。
そこをジェイド達に対して隠し事のあるは下手に『構えて』しまい、逆に失敗した。……ということだろう。とはいえ、ジェイド以外の人間は、の行動に対してまってく違和感を覚えていないようだったが。
「先程、あなたはガイに近付かなかった」
自己紹介に続き、握手をする。
イオン、ジェイドと続いた流れの中で、だけは手を差し出さなかった。少し離れた位置にいたため、遅れたティアでさえもガイに手を差し出したと云うのに。
「……そ、それだけ?」
「はい」
あまりに些細な行動を指摘され、は瞬く。
「あとは……勘ですね」
「勘って……」
どこの小姑だ!? と突っ込みたくなるような指摘に、は内心で舌を巻いた。
「タルタロスでも、あなたはガイが上から来る事を知っていた。
少なくとも、私にはそう思えました」
「……」
はい、知っていました。
そう答えられたられたなら、どんなに楽になるだろう。
少なくとも、現在さらされている嫌な空気からは解放されるはずだ。――――――そのかわり、この後の『筋書き』にどのような影響を及ぼすのか、まったく予想がつかなくなるが。
口を閉ざしたを満足気に見つめ、ジェイドは微笑みを隠した。
「あなたが何を隠していようが、私には興味がありませんが……
もう少し、上手くおやりなさい」
「?」
続いたジェイドの言葉に、は瞬く。
の不審な行動を問いただすのではなく、『もっと上手くやれ』とジェイドから激励を受けた事が不思議だった。
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現時点で、すでに玩具。