ジェイドには、ひとつ気になる事がある。

 イオンが連れ歩くという娘は、導師と同じ神秘の黒髪を持つ。
 その娘は導師と同じ扱いを受け、現在は神託の盾兵に拘束されている身でありながら……先程から何度も空を盗み見ている。
 兵士に拘束される……普通の娘であれば、それだけで混乱し、よそ見をする余裕などあるはずはないのだが。

 彼女は明らかに、『上』を気にしている。

 そして、この場に置いて、これほど不自然な事はない。

 不自然な視線の動きを見せる娘を背にしているため、リグレット達はその異変に気がついてはいない。
 ならば、こちらもそれを敵に教えてやる必要はない。

(……?)

 視線のおかしいに続き、ジェイドは視界に違和感を覚える。
 次に、かすかにの唇に安堵が広がり……違和感の正体に気がついた。






「アリエッタ! タルタロスはどうなった?」

 を見つめ、首を傾げていたアリエッタは、リグレットの声に瞬く。
 すぐに視線をリグレットに戻すと、自分の仕事を思い出した。

「制御不能のまま……。
 この仔たちが隔壁を引き裂いてくれて、ここまでこれた……」

 ライガの鼻を撫でながら報告するアリエッタに、リグレットは視線を向ける事なく微笑んだ。

「よくやったわ。彼等を拘束して……?」

 不意に無防備にも敵に背を向けたジェイドに、リグレットの注意はそらされた。
 死霊使いジェイド。
 その名で恐れられる男が、敵に突然背を向けるなど……警戒を促されない方がおかしい。

 戸惑うリグレットの耳に、微かに地を蹴る音が聞こえた。






「ガイ様、華麗に参上」

 ジェイドに誘われた油断。
 突如感じた頭上からの気配。
 リグレットはそれらに即座に反応したが、太陽を背に現れた襲撃者に、視界を一瞬奪われた。
 次の瞬間聞こえたのは、襲撃者の着地音と、導師と娘を拘束した兵士が倒された音。
 足音から位置を計算し、リグレットはイオンとに当たらない場所を狙って発砲したが……回復した視界には、剣を以てそれを防いだ金髪の青年が立っていた。

 ――――――見覚えがある。

 いぶかしむリグレットの隣で、小さな悲鳴が上がった。

「きゃっ!?」

「アリエッタ!?」

 油断なく譜銃を金髪の青年に向けながら、リグレットはアリエッタに視線を走らせる。
 リグレットの注意が頭上にそれた隙にアリエッタを捕らえたジェイドが、その喉元に槍を突き付けていた。刃とアリエッタの咽に、リグレットがされた時程の距離はない。薄く引かれた赤い筋に、アリエッタのつれたライガが今にもジェイドを噛殺そうと身構えている。が、アリエッタを人質にされては、ライガ自身も一歩も動けない。恨めしそうに咽を鳴らしながら、ジェイドを睨んでいた。

「さあ、もう一度武器を捨てて、タルタロスの中へ戻ってもらいましょうか」

 イオンとは解放され、4人の兵士は動けない。
 自分達を迎えにきたアリエッタは逆に捕らえられ、彼女を見捨てればライガによる制裁は自分にも及ぶ。

「……」

 いまいまし気に眉をよせ、リグレットは武器を捨てた。

「さあ、次はあなたです。
 魔物をつれてタルタロスへ……」

 昇降口を昇るリグレットを見送り、ジェイドは口調を和らげて腕の中の少女に話し掛ける。
 喉元に刃を突き付けられているアリエッタは、まるでそこに刃など存在しない……とでもいうように、無防備にもイオンに振り返った。

「……イオン様……。
 あの……あの……」

「云う事を聞いてください、アリエッタ」

「……はい、です」

 しゅんっと項垂れながら、アリエッタはライガに指事を出す。
 それに従いライガが昇降口を昇ると、最後にアリエッタが解放された。