神託の盾騎士団の外套をクッション代わりに、行きに比べればはるかに快適な馬車での移動を終え、とイオンはタルタロス近くの平原に降ろされる。
 馬車と馬を片付ける兵士と、リグレットに続く兵士に別れ、とイオンは3人の兵士に囲まれた。タルタロスから伸びる階段をかけ降り、一人の兵士がリグレットに何ごとかを耳打つ。それをはた目にイオンは微かに首を傾げ、はタルタロスの白銀の船体を見上げる。

 タルタロスが非常停止しているという事実は、馬車に乗っている時点で告げられていた。

「非常昇降口を開け」

「了解!」

 リグレットの指事に、兵士が階段を駆け上がる。
 その動きを目で追いながら、は階段の先――――――それよりも更に上、タルタロスの帆を見上げた。

(……高い。
 ホントに、あんなトコから飛び降りれるもの……?)

 リグレットに見咎められぬよう、ほんの一瞬だけ目を細めて人陰を探す。
 記憶違いでなければ、この後、そのとても人が飛び降りて来れるとは思えない高みから、ルークの親友があらわれるはずだ。

(……あれ? 何か、忘れてない?)

 飛び下りてくるのは、ルークの親友。
 金髪碧眼のナイスガイにして、手の施し用のないフェミニスト。
 無自覚に優しさを振りまき、女性に好かれる――――――

(……女性恐怖症……だったはず……?)

 ルークのピンチに華麗に現れ、神託の盾に囲まれたイオンを救出した青年。
 『何か』でそのシーンで彼は『ネタ』になっていたはずだ。
 確か――――――

(……イオンを一見で男の子と解ったのは凄い。
 さすがは女性恐怖症、って……?)

 女性恐怖症=女性に触れられない。
 ということは、イオンには触れられていたのだろう。

 では、どうやってガイはイオンを救出したのか――――――?

 記憶を探るの耳に、数時間ぶりの声が聞こえた。






「おらぁ! 火出せぇ!」

 ルークの声に、は帆を見上げていた視線を昇降口に降ろす……と、ちょうど扉から火が吐き出され、続いたルークの足が神託の盾兵を蹴り落とした所だった。

 火だるまになり、階段を転がり落ちる仲間に、神託の盾兵はすぐに反応をおこす。
 階段を昇るリグレットに続き、とイオンの周りにいた兵士2人も昇降口へと走り出した。リグレットの目がルークを捕らえ、腰の譜銃に手が伸ばされる……が、それが抜かれる事はなかった。次の瞬間、中空に身を踊らせたジェイドに気がつき、リグレットは階段を飛び下りる。振り降ろされたジェイドの槍は、リグレットに続いて階段をかけ昇っていた兵士の胸に深々と突き刺さった。着地と同時に譜銃を抜いたリグレットの喉元に1ミリの隙間を開けて、体制を立て直すより早くジェイドの槍が添えられている。

「……さすがジェイド・カーティス。
 譜術を封じても、あなどれないな」

 喉元に槍を突き付けられた状態にありながら、リグレットは眉一つ動かさずに視線を走らせた。
 最初に襲われた兵士は未だに起き上がらない。
 自分に続いた兵士は初撃で胸を貫かれ、すでに事切れている。
 3人目は今のやり取りの中、ルークに動きを封じられていた。
 4人目はイオンとの見張りであり、この場で戦闘に参加してくる事はない。

 どうにも身動きがとれない状態になってしまった。

「お誉めいただいて、光栄ですね。
 さあ、武器を捨てなさい」

 憎らしいことに、そちらには余裕があるのか、ずれた眼鏡を直しながらジェイド・カーティスは要求を口にする。

「……」

 薄く唇を噛み、リグレットは譜銃を手放した。

「ティア! 譜歌を!」

「ティア……?」

 ジェイドの口から洩れた名前に、リグレットは初めて表情らしい表情を浮かべる。
 実に不思議そうに。
 以外な場所で、以外な名前を聞いた。
 そう瞬きながら、リグレットは昇降口を見上げる。

「ティア・グランツか……」

「リグレット、教官……?」

 視線を受けて昇降口を降りていたティアの足が止まる。
 リグレットと同じように戸惑い、瞬くティア。

 その背後に落ちた影。

 それにいち早く気がついたのはだった。






「ティア、後ろっ!」

 咄嗟に洩れたの声に、ティアは即座に現実に戻った。
 ティアは後方を確認するより早く、階段を飛び下り――――――直後、ティアの立っていた足下に小さな雷が落ちた。

「ティア……あっ!?」

っ!」

 駆け寄ろうと、数歩前にでたの体を、神託の盾兵が抱きとめる。
 の声につられるように走りだしたイオンも、の小さな悲鳴に動きを止めた。
 とイオンの声に、一瞬だけ注意をそらされたジェイドの胸を蹴り、リグレットが譜銃を拾い、間合いから抜け出す。そこにティアに雷撃を放ったライガと、それを使役する少女が合流し、形成は逆転された。

「リグレット、間にあ……」

 舌足らずな口調でリグレットの横に立ち、その無事を確かめた少女は口を閉ざす。
 不思議そうに首を傾げながらイオンを……イオンの横に立つを見つめた。

「……ママ?」

 小さく洩れた呟きは、誰の耳にも届かなかった。