「導師の方から御出でいただき、手間が省けました」
凛とした響きをもつリグレットの声に、イオンはに駆け寄ろうとした足を止めた。
アニスが逃したライガは、アリエッタに命令されていたのか、リグレットの登場に動きをとめる。いつでも襲えるように、と構えてはいるが、飛びかかってくる気配はない。
どこに隠れていたのかリグレットに続き6人の神託の盾兵が現れ、イオンを包囲した。
「譜銃を下ろしてください」
顎を引き、威厳を帯びた声音でイオンは静かに告げる。
初めて見るイオンの顔つきに、は瞬き、リグレットを見上げるが……リグレットの方は動じた様子を見せない。
おそらくは、これがローレライ教団最高指導者『導師イオン』の本来の姿なのだろう。
エンゲーブからこれまで見てきたイオンの表情は確かに『イオン』なのだろうが、『導師』ではなかった。ルークに対してみせる、普通の少年のような仕種の一つひとつにティアが驚いていたところを見ると……『こちら』が普段の『導師イオン』だ。
ルークの視点で見た、『ゲーム』では見られない側面。
自分の生きた年月の倍以上ある人間と対峙しても、一歩も揺るがぬ気迫を秘めた少年。
『導師』の名を引き継げたのは、譜術にかんする素質だけではない。
「導師が我々の要求に従ってくだされば、この娘を傷つけないと約束しましょう。
なかなか役に立ちそうな娘ですし、私もできれば傷つけたくありません」
後ろ手にリグレットに拘束されたは、奇妙な物言いにリグレットを見上げる。
リグレットも、に関わる何かに気がついているらしかった。
オールドラントに来て以来、あちらこちらで向けられる好奇の視線。
まさか、敵であるリグレットにまで云われるとは思わなかった。
の視線に気がついてはいるはずだが、リグレットの蒼い瞳はに向けられることはない。リグレットは静かにイオンと睨み合い……を拘束する腕に力を込めた。
「……っ!」
「っ!?」
油断した。
頬に当てられた譜業銃に気をとられ、腕の拘束から意識をそらしていたところを急に力を込められ、突然の苦痛に小さく漏れたの悲鳴。
その『挑発』に、イオンは素直に乗ってしまった。
慌てて駆け寄ろうとしたイオンに、の『人質としての価値』を認められてしまい、は唇を噛む。
これではリグレットの思い通りの展開だ。
いや、『筋書き』としては良いのかもしれない。
これからイオンを使い、セフィロトの封印を解く。
ついでに『筋書きにない存在』=『この場で殺されるかもしれない存在』……の命をイオンは守ったことになる。
「リグレット、を解放してください。
どうせ僕には、この包囲から逃げ出す力はないのですから」
リグレットを中心に6人の神託の盾兵とライガに包囲され、今のイオンにはどうすることも出来ない。
導師守護役のアニスがいればもしくは、包囲を抜けることも出来たかもしれない。が、アニスは親書とともに「ヤロー、てめぇーぶっ殺す!」となんとも『可愛らしい』悲鳴をあげならが、転落した後だ。
この場にアニスはいない。
「……いいでしょう」
しばらくの沈黙の後、は拘束から解放された。
リグレットに背中を押され、イオンの胸に抱きとめられる。
女の子のような顔をしているわりに、イオンの肩はよりも広い。やすやすとを受け入れ、イオンは宥めるようにの肩を叩いた。
「巻き込んでしまったようで、すみません。
でも、今は僕の側にいてください。
この状況では……たぶん、僕の側が一番安全です」
イオンの静かな声に、は無言で頷く。
逆らう気はない。
にはイオンを守るどころか、自分の身を守るだけの力もないのだから。
それに、イオンの言葉は正しい。
イオンの目を離れ、タルタロスに残されれば証拠隠滅のために殺されるだろう。わざわざ捕虜として捕らえた―――このタイミングなら、まだ捕まってはいないのかもしれないが―――ルーク達と同じ部屋に閉じ込めるとも思えなかった。
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