「お〜い。
 俺をおいてけぼりにして、勝手に話を進めるな」

 アニスとイオンに挟まれるように立ち、は悪態をつくルークに視線を向けた。
 可能な限りルークには構いたくない。
 そうは思うが、眼前の素行の悪さを見ると、どうしても口を挟みたくなってくる。なってくるが……また癇癪を起こされ、殴られるのも嫌なので、は口を噤む。せめて行儀の悪い子供を視界に入れないように、と視線をティアに移せば、ティアもルークの態度にはすでに愛想がつきているのか、眉間にしわを寄せていた。

「ああ、すみません。
 あなたは世界のことを何も知らない『おぼっちゃま』でしたね」

「なんだとっ!」

 肩を竦めながら茶化すジェイドに、ルークが食って掛かる。
 また始まった……と、が視界にルークを納めると、今度はルークと目があってしまった。

「……ちっ」

 と目があうと、ルークは軽く舌打ち、顔をそらす。
 それからすぐに眉を寄せて、ルークはジェイドに視線を戻した。

「教団の実情はともかくとして、
 僕らは親書をキムラスカへ運ばなければなりません」

「しかし、我々は敵国の兵士。
 和平の使者とはいっても、すんなり国境をこえることは難しい」

 ぐずぐずしていては、大詠師派の邪魔が入ります。とイオンの言葉を引き継ぎながらジェイドは眼鏡の位置を直した。

「そのためにはあなたの力……いえ、地位が――――――」

「わーたよ」

 予期せぬ言葉に、は首をかしげる。
 違う。
 自分の知っている『筋書き』と、ルークの『台詞』が。
 いや、『台詞』としてだけならば同じだ。
 ただし、その『台詞』に辿り着くまでの過程がすっぽりと抜け落ちている。

 は正確な台詞を全て覚えているわけではないが、おおまかな展開は覚えている。たしか、ルークは『物を頼む態度ではない』とジェイドに喧嘩を売り、膝を折ったジェイドに『この程度で傷付くような安いプライドはもっていない』とかなんとか、逆にやり込められていたはずだ。

 そのやり取りが……綺麗さっぱりと消えていた。

「伯父上に取りなせばいいんだろ」

「おや?
 もう少しごねると思ったのですが……意外ですね」

 ふむっと、顎に手を当てながらジェイドがおどけた表情を作る。
 ジェイドが驚くのも無理もない。
 半日に満たないつき合いではあるが、ジェイドはルークの人格をすでに見極めている。ほんの数日とはいえ、ルークとのつき合いが長いやティアであっても、ルークの分別ある反応が珍しく、意外だ、と目を丸くしていた。

「……んだよ。文句あんのか?」

 ちらり――――――と一瞬だけルークの視線が移動し、ジェイドは目を細めた。
 ごねるであろう。そう予測していた『おぼっちゃん』が、すんなりと自分達の要求を受け入れた理由に察しがつき―――どうやら微妙な力関係が形成されつつあるらしい―――と肩を竦めた。

「いえいえ。
 御協力ありがとうございます」






 仕事に戻るジェイドに続き、部屋を出ていった兵士の顔には首をかしげた。
 彼の顔には見覚えがある。
 つい先程、医務室でが目覚めた時、『ジェイドに報告に行く』と云っていた青年兵だ。ジェイドに続いて部屋を出たということは……彼が副官の『マルコ』だったのだろう。確認をしたわけではないので、『おそらく』と付くが。

 部屋を出ていく二人を見送った後、は腰を落とす。
 そのままミュウに向かって手を広げると、それに気が付いたミュウがパイプ椅子から飛び下りた。

「難しい話しばかりだと、疲れますね」

 短い手足をふって足下に来たミュウを撫でるの頭上で、イオンが苦笑を浮かべる。

、一緒に風にあたりませんか?」

「え? でも……」

 イオンに誘われ、は逡巡する。
 イオンの誘いとあれば、素直に乗りたい気はするのだが。
 先の展開を知っている身としては、ルークから離れる事は得策ではない。

「(少し、お話があるんです)」

「?」

 意味ありげにルークに視線を向けるイオンに、は首をかしげた。