(……痛い。
 ルークのあほ。莫迦力)

 眉を寄せたまま、痛む頬を撫で、はベッドから腰をあげる。
 出歩かない事を兵士に勧められはしたが、『出歩くな』とは云われていない。
 は行動の自由を許されている。
 自由行動がとれるとなると……腹は立つが、のとるべき行動は一つしかない。
 ルーク達との合流。
 一度目の顔合わせが終わっているとなると、早めにルーク達と合流した方が良い。二度目の会談の後、すぐに六神将によるタルタロス襲撃『イベント』が起こるはずだ。
 ルークの事は腹が立つし、正直顔もあわせたくないが、金輪際断髪前のルークには関わらなければ良い。
 弄るのはジェイドに任せ、宥めるのはこの後合流するはずのガイに任せる。自分はルークにべったりになるアニスを防壁に、イオンに癒されつつ旅を続ければ良い。
 そうと決めれば、腹が立つとか、顔もみたくない等とは云っていられない。
 一刻も早くルーク……むしろ、ティア達と合流をしなければ。
 二度目の会談の前に。

 もっと云うのならば、これ以上『タルタロスの乗員』と顔をあわせる前に。

 無意識に早くなる足に気付かず、は通路へ続くドアを開いた。






「……イオン君?」

 ティア達を探しているうちに、はタルタロスのデッキに辿り着く。
 音素灯に照らされた薄暗い艦内から、急に陽光の降り注ぐ外に出てしまい、一瞬だけの目が眩んだ。反射的に目を細めれば、見なれた黒髪が風に踊っている。


 ……っ!?」

 呼ばれたイオンは首を傾げながら振り返ると、の顔をみて目を丸く見開き、大声をあげた。その声に驚いたのか、少し離れた場所で先程の青年と、報告を受けていたジェイドが振り返る。常にないイオンの大声に、も同じく驚き、瞬いた。

「ど、どうしたの? イオン君」

 手摺近くで風にあたっていたイオンは、の元に小走りに近付くと、すぐにの手をとり通路へと誘う。

「どうしたの? って、気がついていないんですか?
 とにかく、医務室へ戻りましょう。
 あまり女性がそんな顔で……」

 少々強引にひっぱりながら歩こうとするイオンに、は瞬きながら従う。
 体を反転させ、今来たばかりの艦内に戻ろうとして――――――翡翠色の瞳と目があった。

「「!?」」

 互いに瞬く一瞬。
 アニスの案内で艦内を散策していたルークと、ばっちりと目があってしまった。

「……ぅあ」

 と目があったルークは、ぱくぱくと口を開くが、言葉にならない。
 意味を持たない音が唇からもれると、通路のまん中に立ち止まってしまったルークの後ろからティアが顔を出し、の顔を見るとルークと同じく目を見開いた。

っ!?
 ひどい顔だわ……そんな顔で歩き回るなんて……」

「?」

 云われている意味が良く解らない。
 どうやら自分は今、すごくひどい顔をしているらしい。
 それこそ、ルークが一瞬絶句してしまうような、壮絶な顔を。

 の左頬の腫上がった顔に、ティアは一瞬だけ絶句すると、すぐにルークを押し退けて前へ進み出た。

「動かないで。すぐに治すから」

 そう云うと、ティアはの左頬に手をのばす――――――と、その前にティアは後ろで固まったままのルークを睨む。その視線にルークが反応する前にティアは顔を戻し、の頬に意識を移した。

「ファーストエイド!」

 ティアの手袋越しに感じる冷気。
 潮が引くように、頬から熱が引いていくのがわかった。

「……そんなにひどい顔をしてたの?」

 治療が終わるとホッと息をはいたティアとイオンに、は首を傾げながら問う。
 いつもはうるさいルークが、今回に限って一言も発さない事を考えれば……逆に鏡を見なくて良かった、とも思えた。

「あー……」

 首を傾げると、ホっと胸を撫で下ろしたティアの後ろでルークがようやく動く。何ごとか呟くように口を開くと、言葉が明確な形をなす前にティアの一瞥により、ルークの動きは牽制された。

「……けっ」

 事は、自分との問題であるはずなのに。
 ルークがに近付けないよう、間に入って邪魔をするティアが気に入らない。
 気に入らなかったが……退けと命じられて退くような雰囲気ではなかったので、ルークは舌打ちながら顔を背ける。自分はとの間に立ち、近付かないよう牽制してくるティアに『譲ってやった』のであって、決して迫力に負けたのではない、と自分に云い聞かせながら。

、他はどこか打ちつけていない?」

 顔を背け、ジェイドの方へと歩き出したルークから顔を背け、ティアはの体のチェックを開始した。
 「大丈夫だ」と痛みのひいた頬を引きつらせながらが苦笑を浮かべると、イオンがアニスから得た情報をティアに流す。肩口の痣についてイオンから聞くと、「全然大丈夫じゃないじゃないっ!」とはティアに睨まれた。






「……?」

 ちくちくと視線感じ、イオンは顔をあげる。
 目の前でがティアに小言を云われているが、視線の主はティアでもでもない。
 ではいったい誰が――――――と視線を巡らせると、ルークと目があった。

「?」

 首を傾げるイオンに気がつくと、ルークは慌てて顔をそらす。
 ジェイドとアニスをはさみながら会話をしつつも、こちらの様子が―――の様子が―――気になるのだろう。
 一旦顔をそらしつつも、何気なさを装いながら、ルークは何度もを見ていた。