「……さんとイオンさんですの!」
が部屋に足を踏み入れると、ティアの胸からミュウが飛び下りた。そのまま足下に走りよるミュウを、は腕を広げて迎える。
「!
大丈夫だった?」
心配げに眉を寄せながら椅子から立ち上がるティアに、ミュウを抱き上げたは曖昧なほほえみを浮かべた。
「うん。平気、平気。
なんか、すっごく臭かったらしくて、お風呂に入りなさい、って
用事だけだったみたいで……」
臭いから呼び出された、とは女性としては説明するのが気恥ずかしかったが。
どうやらティアに余計な心配をかけてしまったようなので、は正直に説明した。
「……お風呂?」
気恥ずかしそうに苦笑を浮かべたに、ティアはいぶかし気に眉を寄せる。
はそんなに臭かっただろうか? と。
少なくとも、自分はを臭いとは思わなかった。
共に行動をしていたので、自分までもが臭い、彼女の臭いに気がつかなかった――――――とも考えられるが、その場合だけが別行動をとらされた説明にはならない。が臭うのならば、ティアやルークはもとより、イオンも同じだろう。拘束されている身の自分達はともかく、イオンが入浴のために席をはずすということはなかった。彼はを見送ってからすぐにジェイドに連れられて離席をしたが、それもごく短時間で戻ってきた。仮に入浴を簡単に済ませられたとしても、髪に湿気ぐらいは残っているはず。
にも関わらず、イオンの髪は乾いている。
同様、臭うはずのイオンは、入浴をしてはいない。
「けっ!
いい気なもんだな。
1人だけ風呂に入ってたのかよ!!」
眉を寄せたまま思案するティアの横で、ルークが毒づいた。
いつもなら、そこでティアがルークを嗜めに入り、痴話喧嘩へと発展するのだが……ティアはルークの悪態など聞こえないとでも言うように、眉を寄せていた。
「……、本当にお風呂に入っただけなの?」
風呂に入るということは、必然的に服を脱ぐことになる。
裸になるということは、普段は衣服に隠された部分が晒される、という事。
「誰かに覗かれてなんて……」
「ティア、ティア。
なんか、すごいこと云ってるけど……?」
仮にも清廉潔白であるべき国家公務員である軍人を相手に、痴漢行為に及ばれなかった? 等と。
「……あ、そうね。
ごめんなさい」
口を閉ざし、ティアは見張りの為に室内にいる兵士に視線を走らせた。
「アニスが色々と世話をやいてくれたから、
覗かれるとか、覗くとかは、全然」
「あの子が?」
ティアを安心させようと、はアニスの名前を出したのだが。
安心するどころか、逆にティアは眉を寄せた。
アニスという導師守護役の少女は、年令こそ自分よりも幼いものの、なかなか抜け目がない。ジェイドと目配せのみで意志の疎通をはかり、まんまとティアを出し抜いてマルクト軍と連携をとり、森を出る前にルーク共々『国境侵犯』として捕らえられてしまった。
年令に見合った可愛らしい容姿をしてはいたが、なかなか侮れない。
したたかで、利口な少女。
その少女が『色々と世話をやいて』の『の入浴』。
『何ごともなかった』はずはない。
「アニスが、のことを『本物』だと云っていましたよ」
眉を寄せたまま黙ってしまったティアに、イオンは事も無げに告げる。
ティアが危惧していること――――――その結果を。
穏やかに微笑みながら告げる導師に、ティアは複雑そうな笑みを浮かべた。
は気がついていなかったが、やはり、『そういう意図』のある別行動だったのだ、と。
「本物?」
自分の事を云われているのはわかる。
が、何を指して『本物』であるのか。
それがわからないので、は首をかしげた。
そして、話しの流れについていけない人物がもうひとり。
「だ〜っ!
俺のわからない話を、勝手に進めるな〜っ!」
髪を掻きむしりながらルークが椅子を蹴って立ち上がる。その横で、ティアは寄せられたままの眉をなおし、無表情を作って静かに告げた。
「ローレライ教団に関わる内容よ。
あなたには関係ないわ」
『部外者』には関係のない話だ、と言外に告げられ、ルークは口を噤むも、むっと眉を寄せた。ルークと同じく『部外者』であるは、対照的に首をかしげる。
「?
じゃあ、わたしにも関係ない話なんじゃ?」
でも、わたしの話題ですよね? と確認するに、ティアは云い淀む。
をローレライ教団総本部に連れている必要はあるが、その事について本人に告げても良いものだろうか、と。の存在は教団としてもイレギュラーな出来事であり、おいそれとふれまわってよい内容ではない。
「あ、には……」
どう説明したものか。
云い淀むティアにかわって、イオンが言葉を引きついだ。
「には、一度ダアトへ来ていただきたいのですが」
「はい?」
いったいどこまで話が飛んでいるのか。
教団に属する二人の、まったく先の見えない会話に、がますます首をかしげると、イオンは苦笑を浮かべた。
「いえ、話を急ぎ過ぎましたね。
どうか、忘れて下さい」
「???」
穏やかな笑顔ながらも、これ以上の追求は受け付けない。そんな力をもったイオンの微笑みに、は首を傾げながらも、それに従うことにする。
自分に何かあるにしても、それはイオン達の勘違いに過ぎない。
はオールドラントの人間ではないのだから、『記憶を失う』以前からの関わりなど、持ってはいない。
なにをどう勘ぐられようとも、『オールドラントに』の『過去』は存在しない。
「だ〜か〜ら〜」
「ルーク、子供じゃないんだから、変な我侭で話のこしを折らないで」
これ以上は聞くだけ無駄だ。
そうは判ったが。
どうやら自分について何かあるようなのだか、誰もそれについて正直に話してくれないので、納得はしていても、ストレスがたまる。
事あるごとに野次を入れてくるルークも、いい加減鬱陶しい。
話が見えないのなら、見えないなりに大人しくしていられないのだろうか。先ほどからパイプ椅子を蹴ったり、備え付けられたテーブルを叩いたりと、ルークは達の感心を引きたいのか、大きな物音ばかりを立てている。
「俺をガキ扱いす・る・な・っ!」
「……。
その態度のどこがガキじゃないって云うの?」
ぽろりと洩れたの本音に、ルークのみならず、ティアまでもが瞬いた。
頭では解る。
これ以上問いただしても、イオンもティアも、自分に関わる事を決して教えてはくれないだろう。
けれど、だからといってすぐに別の話題へと頭を切り替えられる程、は『大人』ではない。
気にならない振りをしていたが、いい加減、好奇の目に晒されることにも嫌気がさしていた。
「ガキじゃないって云うなら、人の話を最後まで聞く。
他人の話に割り込まない。
あと、なんにでもケチ付ける事がカッコイイとか勘違いしてない?
いちいち文句を云うのも止めなさい。
本当にガキじゃないって云うなら、多少の譲歩もできるでしょう。
もっと云うなら、舌打ちしないで。
それだけで他人に不快感を与えるから。
あと相手の目をちゃんと見て話しなさい」
昨日、今日のつき合いでしかないが。
これまでにないの態度に、ティアとイオンは瞬く。
「御自慢のヴァン師匠は剣術だけで、そういう礼節は教えてくれなかったの?」
そんなはずはあるまい。
現にティアは歳の割に礼儀正しい。
それも、少々行き過ぎかと感じるぐらいに。
「ヴァン師匠を莫迦にするなっ!」
敬愛する師匠の名前に、早口になったに瞬いていたルークは即座に眉をよせ、食って掛かる。が、も負けじと口調を速め、叩き込む。
「ヴァン師匠をわたしに莫迦にさせているのはルークでしょう!」
弟子を名乗るルークの素行の悪さは、そのままヴァンの評判を落とすことに繋がる。
そう云っているの言葉がルークには理解できたが、納得はできない。
今、『ヴァンを莫迦にしている』のは『目の前にいる』。
にヴァンを『莫迦にさせているのはルーク』であっても。
目の前の娘が、敬愛する師匠を侮辱していることに違いはない。
「るっせーっ!!」
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