の服を籠に入れ、アニスはドアに鍵を閉める。
 これでの入浴を覗こうという不心得者が出ることを防げるし、自身を閉じ込めることにも成功した。
 事の真偽が解らぬ今、の姿はあまり多くの人間に見せるのは不味い。黒髪・黒瞳を理由に、下手な噂など立てられてはイオンの立場を危うくする。とはいえ、間違いなく渦中に立たされるであろうイオンはの存在をまったく気にしていないのか、逆に気にしているからこそずっと手を繋いでいたのかは計りかねるが、側から離れようとしない。
 タルタロスに乗艦させた、ということはダアトにまで連れていくつもりなのだろうが……これでは先が思いやられる。本物であればイオンの立場を危うくし、偽物であればイオンが傷付く。マルクトからダアトまでの旅路は、けっして短いものではない。その間に、あの優しい導師がに対して情を移すのは火を見るよりも明らかだ。
 どちらに転んでも、結局はイオンが傷付く。

 アニスが深くため息をもらすと、後ろから呼び掛けられた。

「アニス」

 すでに聞き慣れた声に、アニスは笑顔を張り付けて振り返る。
 後ろに立っていたのはを閉じ込めた部屋の主と、自分が守護するべき存在だった。

「どうでしたか?」

 出自不明の黒髪・黒瞳の娘を裸にしての検分は。

 言外に込められた意味を悟りつつ、アニスは悲し気に目を伏せた。

「う〜ん、……悔しいけど、いい身体してました」

 出るところは出て、ひっこむ所はひっこんで。シミ一つない―――痣はあったが―――の白い肌は、同性でなければ危険物と云える魅力を持っていた。

「アニ〜ス」

 余計な軽口は必要ない。
 確認した事柄はの体つきについてではなく、別のことだ。

「……本物みたいですよ」

 認めたくはないが。
 アニスの言葉を聞き、ジェイドの隣で黙っていたイオンが顔を輝かせた。それを見て、アニスは胸が痛む。の持つ色が本物であれ、偽物であれ、あれはイオンを傷つけるものだ。できる事ならば、イオンに近付けたくはない。

「痣があったんで、確かめるふりして産毛まで見たんですけど、
 正真正銘の黒でした」

「痣?」

「大佐に助けられた時のだろう、って云ってましたよ。
 肩に5本。それから背中にも少し?
 掴んだような手形の痣が」

 自分の肩を掴み、アニスは痣の形状をジェイドに伝える。
 心当たりがあるジェイドは、顎に手を当てると小さく「ふむ」と呟いた。

「……あちらの方は?」

 髪の毛の生え際や睫毛、瞳の色の確認など、着衣のままでもできる。
 髪の毛というものは、意識してはいないが毎日のびているものだ。染めていれば、必ずその生え際には元の色があらわれる。
 瞳の色もそうだ。色を違えて見せるためには、瞳に色のついた物を入れる必要がある。その不自然な凹凸や色は、間近く見れば見破れぬものではない。
 そして、どんなに気を使って色を変えようとも、かならず見落とす一点がある。
 男女に関係なく着衣に隠され、深い関係でない限りは他の誰にも晒されることのない箇所が。

「同じです」

 云われるまでもなく確認した部位についてを聞かれ、アニスは内心で舌をまく。
 やはり、ジェイド・カーティスという男は油断ならない。

「臭いが凄いって云っておいたから、髪も洗うと思うんで、
 乾かすの手伝うふりして、毛根まで調べてみますか?」

 わざと可愛らしい声を作り、アニスはジェイドに伺いを立てる。
 聞くまでもなく、目の前の男の答えはわかっていた。

「一応お願いします。
 マルクトの管轄ではありませんが、事がことなだけに……慎重にならざるをえません。
 よろしいですね、イオン様?」

 の色が本物であれ、偽物であれ、その存在そのものに関わり持つことになるイオンにジェイドは了承を求める。の存在についてはマルクトの管轄ではなく、ダアトの管轄だ。だが、今現在はマルクトの陸艦の中にいる。の身に万が一の事が起きれば、責任を求められるのはマルクトだ。

「……はい」

 深紅の瞳に見下ろされ、イオンは微笑む。
 その横に並びながら、アニスはため息をはいた。

「これで正真正銘の本物だったら、すっごく面倒なことになりますね」

「僕は喜ばしいことだと思いますよ」

「でも、イオン様。
 あの歳までダアトに知られずに育つって、無理があると思うんですけど」

 本物であった場合、自分の周りで何が起きるのか。それをちゃんと考えているのか、と疑いたくなるようなイオンの微笑みに、アニスは唇を尖らせる。

「隠し育てられた……と考えるのが妥当でしょうね」

 の持つ黒髪・黒瞳は人目を引く。
 普通に街や村の中で暮らしていたのならば、必ずその噂はダアトにまで届くはずた。
 けれど、マルクトに黒髪・黒瞳の娘がいるという噂は、ローレライ教団の総本山であるダアトはもとより、マルクト帝国首都グランコクマですらも聞いた事がない。

「あの二人に、彼女と出逢った時の状況を詳しく聞いた方がよさそうです」

 については、自分達よりもティアやルークの方が詳しい。
 少なくとも、なんの情報もないままに憶測するよりは収穫があるはずだ。

「そうですね」

 ジェイドの言葉に頷き、イオンは踵を返す。
 の世話はアニスに任せ、ティアに話を聞くために。