力なく横たわるライガ・クイーンの傍らに立ち、は女王のベッドを見つめる。
 小枝や土塊で作られた巣の中央に、割れた2つの卵があった。

 『何も知らなければ』、いつか人の街を襲う害獣の卵。
 『知っている』から見れば、アリエッタの兄弟達。

 できれば、戦闘はルーク達に任せ、直接アリエッタに恨まれる要因には関わりたくなかったのだが――――――関わらないどころか、自身が卵を割ってしまった。意図してやったわけではないが、あの瞬間の感触を、自分はきっと忘れられない。殻に亀裂が走った瞬間の音。沈む足に絡み付いた羊膜と羊水。柔らかな弾力を持った、ライガの形に『なりかけた』命。

「…………」

 『瞬間』の感触を思い出し、は無意識に口元を押さえる。
 気持ち悪い。
 自分が踏みつぶした物は、確かに『命』だったのだ、と今さらながらに実感した。

……大丈夫?
 なんだか、気分が悪そうだけど……」

「ごめん。へいき……」

 『戦闘終了』直後よりは少しだけ落ち着いた顔で、はティアを安心させるように笑う。
 微かに微笑みを浮かべた後、視線をライガの卵に戻したに、ティアは目を伏せた。

「しかたがなかったのよ。
 どのみち、卵をそのままには出来なかったのだし……
 のせいじゃないわ……」

「……うん、ありがと」

 ライガ・クイーンの血を吸い込み、赤黒く染まる土の上に立ちながら、はうなだれる。

 自分はこんな思いを、戦闘に参加しない事でルークとティアだけに押し付けようとしていたのだ、と。
 年齢だけでいえば、自分よりも年下の2人に。

 アリエッタの養母と兄弟を殺してしまったこともそうだったが。
 そんな事を平然と考えていた自分が恥ずかしい。
 が『ここにいる』ということは、奪う命に対する責任もルーク達と同等に負わなければならないということなのに。

「なーんか、後味悪いな……」

「……そだね」

 の気持ちを代弁するように、ルークが呟いた。

「優しいのね。
 ……ルークの場合は、甘いのかしら」

 同じようにうなだれているとルークだったが。
 ティアから見れば、二人には違いがある。
 の場合は、自分がしたことを理解している。それから己を責めているのはわかるが、『仕方がなかった』ということも納得し、結果をしっかりと受け止めようとしている姿勢がうかがえた。

 が、ルークは違う。

 ルークの呟きには自己弁護が混ざっている。後味が悪いと見逃せば、後々エンゲーブが襲われた。そう解っていても、ルークは卵を見逃しただろう。結果、手を下す事になるティアやに対し『冷血』だの『陰険』だの責めて、自分の心を軽くしようとするのだ。
 今回の呟きは、意図せず卵を割ってしまったへの同情――――――『自分がやったのではない』という安心感を得るための。
 意図しなかったという言い訳はせずに、自分がした事を受け止めていると、殺したくなかったんだ、と殺した言い訳をしているルーク。

 結果は同じだが、二人の中に残る物は違う。

「……冷血な女だなっ!」

 ティアの言葉に、ライガ・クイーンの死骸を見つめていたルークは顔をあげる。
 きっとティアを睨むと、その後ろから声が聞こえた。

「おやおや、痴話喧嘩ですか?」

 この場において、不自然以外の何物でもないほど明るい声で、そう茶化すジェイドに、ルークは噛み付いた。

「誰がだ!」

「カーティス大佐!
 私たちはそんな関係ではありません」

 ジェイドの冗談を律儀に否定するティア。
 手を後ろで組ながら近付いてきたジェイドに、ティアはルークとジェイドの間に立つ。

「冗談ですよ。
 それと、私のことはジェイドとお呼び下さい」

 ファミリーネームの方には、あまり馴染みがないものですから。と続けたジェイドにの手を引きながらイオンが近付く。

「……ジェイド、すみません。
 勝手なことをして……」

 目を伏せたイオンに、ジェイドはこれまで―――おそらくは、ライガ・クイーンに止めをさす時でさえ―――浮かべていた笑みを消した。

「あなたらしくありませんね。
 悪いことと知っていて、このような振るまいをなさるのは」

「チーグルは始祖ユリアと共にローレライ教団の礎。
 彼等の不始末は、僕が責任を負わなくてはと……」

「そのために能力を使いましたね?
 医者から止められていたでしょう?」

「……すみません」

 淡々と語るジェイドの声。
 の手を握るイオンの手に、少しだけ力が込められた。
 がイオンの顔を覗き込むと、イオンは反論も出来ずにうなだれている。

「しかも、民間人を巻き込んだ」

 『民間人』を示すように、ジェイドはとルークに視線を向ける。ティアにだけは視線を向けない所をみると、神託の盾の服に身を包んだティアが『民間人』ではないと最初から気がついていたのだろうか。

 なおもいい募ろうとするジェイドに、ルークが口を開いた。

「おい。謝ってンだろ、そいつ。
 いつまでもネチネチ云ってねぇで、許してやれよ、おっさん」

 そういえば、そんな台詞があった気がしないでもない。
 一回『クリア』しただけのは覚えていなかったが。
 が会話に参加していないのに出てきた言葉なのだから、もともとあった『台詞』なのだろう。
 それにしても、違和感のある単語だ。

(……おっさん?)

 ルークの意外な言葉に、は一瞬だけ瞬いてから、まじまじとジェイドを見上げた。
 ジェイドの年齢は35歳。
 こうして目の前に立っていても、とてもそんな歳には見えないのだが、35歳というのは意外に『おっさん』ではないのかもしれない。35歳という年齢が微妙なのか、ジェイドが若く見えるだけなのかは、このさい置いておいて、だ。

(……や、でも……ルークは17……7歳。
 7歳から見れば、35歳は立派な『おっさん』?)

 そのあたりから来る認識の違いだろうか? とが首を傾げている間にも会話は進んでいく。

「おや。
 巻き込まれたことを愚痴ると思っていたのですが……意外ですね」

 おどけた仕種を見せるジェイドに、ティアも意外そうな顔をしてルークを見つめる。

 ルークの発言は、ルークが7歳の子どもだと知っていると、実はそんなに不思議ではない。
 子ども特有の『仲間意識』。
 強者が弱者を『虐めて』いるように見えるので、『己の正義』をもって、口を挟まずにはいられないのだろう。物事の流れなど無視して。『弱い者いじめをしている奴がいるから、手を貸さなければ』という、迷惑極まりない『子どもの正義』だ。
 これが大人であったのなら、イオンに非があり、ジェイドはそれを嗜めているだけだ、と理解できるのだが。
 ジェイドの云い方にも問題はあるのだろうが、これに関してはルークが口を挟む必要はない。

「……まあ、時間もありませんし、これぐらいにしておきましょうか」

 『民間人』とネタにし、イオンを嗜めていたジェイドは、件の『民間人』自身に『許してやれよ』と云われてしまい、言を失う。
 お説教はこれでおしまい、と肩をすくめるジェイドに、イオンは声をひそめた。

「(親書が届いたのですね?)」

「……そういう事です」

 イオンの声は、アニスとの『内緒話』とは違い、にも聞き取れた。軍人として訓練された喋り方と、訓練されていない喋り方の違いだろう。ルークには聞き取れなかったようだが、ティアとにはしっかりと聞こえた。それに気がついたジェイドが、ちらりと一瞬だけに視線を移した。

「さあ、とにかく森を出ましょう」

 これで、ここでの話はおしまい。
 当面のエンゲーブへの驚異も取り除けた。
 多少の道草感は否めなかったが、森を出て、本来の目的に戻らなくては。

「ダメですの!」

 ジェイドに見えるように、と自己主張をするため、ミュウがぴょんっとルークの頭に飛び乗る。

「長老に報告するですの!」

「……チーグルが、人の言葉を?」

 眉を寄せ、訝し気に細められた深紅の瞳に、ミュウはルークの頭の上からの胸にジャンプした。
 にしっかりと受け止められたミュウは、ジェイドの視線から逃れるようにの胸に顔をうめる。
 ミュウを宥めるように頭を撫でながら、イオンがミュウの言葉を引き継いだ。

「ソーサラーリングの力です。
 それよりジェイド、一度チーグルの住処へよってもらえませんか?」





  
卵の中身ってなんだろう。
白身とか、卵の薄皮って表現もどうかと思ったので『羊膜』と『羊水』にしましたが。これはほ乳類の場合だよなぁ?
オールドラントの魔物は主に卵生。はてさて。
物を知らないと、物は書けない。良く云った物です。