「そろそろ終わりかな」

「?」

 トクナガに抱き締められたまま身動きの取れないサクラの頭上で、アニスの声が聞こえた。
 すぐにアニスはトクナガの頭から滑り降り、サクラを解放する。アニスが降りると、どういった仕掛けなのか、トクナガは背負えるサイズに縮まった。小さくなったぬいぐるみをアニスが抱きしめると、タイミング同じくライガ・クイーンの寝室から轟音が響く。

 予期せぬ轟音にサクラは驚き、肩を震わせた。
 見ることは出来なかったが、ジェイドの譜術がライガ・クイーンに止めをさした音だろう。

「アニス! ちょっとよろしいですか」

「はい、大佐」

 寝室から聞こえたジェイドの声に、アニスは笑顔を浮かべてサクラの手を取る。
 そのままサクラの手を引っぱりならが寝室に入ると、戦闘を終えたばかりのジェイドの前に走り出た。

「お呼びですか?」

 どこか媚びを含んだアニスの声音。
 それに対して、何の感慨も見せず、ジェイドはアニスに耳打つ。
 抑えられた声音に、すぐ隣にいるというのに、サクラにはジェイドとアニスの会話が聞こえない。

サクラ! 大丈夫でしたか!?」

 名を呼ばれ、声の聞こえた方向を見ると、木の根の影から出てきたイオンがサクラの元に走りよってきた。
 イオンに怪我はない。
 その足下を走るミュウも、無傷。
 では、ルークとティアは――――――と視線を巡らせれば、呼吸を整えながらジェイドを探るように睨むティアと、カトラスを握ったまま息絶えたライガ・クイーンを見下ろすルークが目にはいった。

サクラ?」

「……はい。
 あ、だいじょうぶ……です」

 ライガ・クイーンに振り飛ばされはしたが。
 ジェイドが受け止めてくれたので、壁に叩き付けられることもなかった。
 イオンを安心させるため、サクラは笑顔を作ろうとしたが、顔の筋肉はぴくりとも動かない。感想としては『咄嗟のことで、よくわからなかった』といった所だが、どうやら身体の方はしっかりと緊張してしまっているらしい。強張ったサクラの顔を心配げに見つめ、イオンはサクラの手を握った。





「えっと……わかりました」

 サクラの横で続けられていた内緒話は、アニスの声で終わりを告げる。
 口元に手を当てて、一昔前に流行った『ぶりっこ』ポーズをきめ、アニスはジェイドに了解の意を告げた。

「そのかわり、イオン様をちゃんと見張ってて下さいね」

 これは、エンゲーブを1人で出てきたことに対する物だろう。
 少しだけ責めるようにアニスがイオンを睨むと、イオンは苦笑を浮かべた。

「……それではイオン様、サクラ様。また後で」

「?」

 耳慣れない呼びかけに、サクラは首を傾げる。

(……サクラ『様』?)

 不思議そうに瞬くサクラに、アニスは小さく会釈をしてから走りだす。
 その小さな後ろ姿を見送っていると、姿が見えなくなるか、ならないかの距離を進んだ後、アニスはトクナガを巨大化させ、その背にのって洞の出口へと向かっていった。
 首を傾げたままサクラが視線を戻すと、今度はジェイドの探るような深紅の瞳と目が合う。
 何を探られているのか。
 それは解らない。
 解らないが、辻馬車の中でも、エンゲーブでも晒されてきた居心地の悪さだ。
 『記憶喪失』を自称する自分の存在の不自然さへの探りではないのだろう。
 顔に浮かべた微笑みとはまったく違った表情を見せる深紅の瞳に、逃げ出したくなる足に力を込めて、サクラは首を傾げる。

 『なんで見られているのか、見当もつきません』と、ジェイドにサクラは瞬いてみせた。