気になる事がある。
気になりすぎる事がある。
これが『ゲーム』であったなら。
ルークの装備を変えずに、どこまでも進めることができるだろう。
そう考えて、実行してみてもよい。
が、『ルーク』にとっては違う。
今この場でライガ・クイーンと対峙する『ルーク』にとって、己の武器が木刀か、真剣であるのかには……明白な違いがあるはずだ。
木刀では打撃は与えられても、斬ることはできない。それはすなわち、群れの中で最強を誇る女王に、傷を付ける――――――殺すことが難しいということになるはずだ。
木の根のすき間に身を隠しながら、は腰の短剣に触れる。
昨日、ティアによる買い物レクチャーのさいに買った物だ。
これならば、斬れる。
ルークが使う剣としては長さが足りないが、それでも木刀よりは役に立つはずだ。
戦闘は怖いし、後々アリエッタに恨まれたくもない。しかし、だからといって今この場で自分達が死んでしまっては意味はない。『テレビの前』ではなく、この場にいる自分には、『コンテニュー』も『リセット』もないのだ。
「ルーク!」
イオンの声に、は思考をルークに戻す。
が危惧していた通り、ルークの持った木刀が中程で折れていた。
「ちっ!」
短く舌うつと、ルークはぶら下がった木刀の先端部分を投げ捨て、半分の長さになってしまった木刀を構える。
正直、逃げ出してしまいたかったが、逃げられない。
自分が逃げれば、相手はまず弱そうなイオンやに向かい、ティアを襲う。最後に背を向けて逃げる自分に、背後から牙を突き付けてくるだろう。――――――そう解っていたので、武器が折れたからといって諦める事はできない。
折れた木刀を構えるルークの背中を見つめながら、は後悔する。
自分がいたから、護身用の短剣を買ったから、ルークの武器は木刀のままで、真剣を買うことが出来なかったのだ。がティアの勧めに乗らず、まずはルークの装備を充実させていれば、木刀が折れるなんて展開にはならなかったはずだ。
「!」
ふっと思う。
何かを忘れてはいないか? 大切な、何かを。
折れた木刀でライガ・クイーンを牽制しつつ、ティアの詠唱時間を稼ぐルークを見つめながら、は考える。
『ルークの装備を変えず、木刀のままで進めたら、何か称号が手にはいるのでは?』と、が『ゲーム』を『プレイ』した時にとった行動。結局『アビス』に、そういった経緯で入手できる『称号』はなかったのだが……うっかり、『木刀のまま進める』スタイルを逸脱しそうになった――――――
「っ!」
ミュウを下ろし、ライガが巣から離れた瞬間を狙って、は木の根から飛び出す。イオンが咄嗟に捕まえようとしたが、の方が早かった。
ライガ・クイーンとルークの『戦闘』を迂回しつつ、は巣に近付く。が、ライガ・クイーンは『戦闘中』であっても、自分の卵に気を配っていたのだろう。すぐにの動きに気づき、ルークと対峙していた巨体の方向を変えた。
「!
何をやっているの!?」
「何やってんだ、陰険女っ!
おめー弱いんだから、イオンと一緒にひっこんでろっ!」
ティアの悲鳴に近い声と、ルークの叱責。
足を止めてしまってはライガ・クイーンに追い付かれてしまうので、は振り返らずに巣へと走る。確認することはできないが、獣であるライガ・クイーンがの前に回り込んでこない所を見ると、ルークがの背中を守ってくれているのだろう。
「折れた木刀で、どう戦うっての! 莫迦ルーク!!」
辿り着いた巣に立ち、は『探す』。
『木刀で進めるプレイ』を一瞬でも脅かした『物』が、この場所にはあるはずだった。
「たぶん、ここに……」
ライガの卵が2つ、目の端に映った。
アリエッタの兄弟を、うっかり踏みつぶさないように気を付けながら、は巣の中を探る。
「あ、……あった!」
鈍い銀色の光を見つけ、は手を伸ばす。
『宝箱』ではなく、むき出しになった一振りの真剣。
武器の名前など、本来は覚えない方なのだが、この剣の名前だけは覚えている。なんといっても『木刀で進めるプレイ』をピンチに陥らした剣だ。愛と憎しみを込めて染み付いた『カトラス』の名前に、間違いはない。
はむき出しになった刃の部分をさけ、柄に手を伸ばす。土や小枝、中には羽のついたままの鳥の皮などで作られた巣の中からカトラスを抜き出した。
ぷらり――――――っとおまけのようについてきた『小枝』に、は息を飲む。
「これって……人の……」
噛み砕かれたのか、手首から下の部分はついていなかったが。
指もすべてが揃っている訳ではなかったが。
黄ばんだ人間の手と解る骨に、一瞬だけの血の気が引いた。
ここで生き残らなければ、自分たちがこの手の持ち主と同じようになるのだ。
元の所有者には悪い気もするが、急いでカトラスをルークに渡さなければ、とは振り返る。その瞬間、ルークはライガ・クイーンに吹き飛ばされた。
「ルー……!?」
剣を渡すため、ルークの方に走ろうとしたのだが、の足は動かない。
吹き飛ばしたルークには目もくれず、ライガ・クイーンが自分に向かってくるのが見えた。
「「っ!!」」
イオンとティアの声が聞こえたが、それに答えている余裕はない。
目の前に迫ったライガ・クイーンの動きにのみ集中し、振り上げられた前足を何とかかわし――――――
パキッ
ライガ・クイーンの動きに集中していたは、不意に足場を失い、バランスを崩す。
足下から聞こえた不吉な音と、沈む足元。感じる『物体』は柔らかく、また弾力がある。そして、足首に絡み付く『液体』。
『それ』が何であったのか、頭が理解する前に、は目の前に迫ったライガの牙に反応しなければならない。
ほとんと何も考えずに突き出した腕―――カトラス―――に感じた瞬間の柔らかさ。続く肉を裂く感触。
の持った剣は、ライガ・クイーンの目に深々と刺さっていた。
間近く聞こえたライガ・クイーンの咆哮に、しかしは剣から手を離すことも出来ず、痛みから頭を振り回すライガ・クイーンに、剣ごと身体を振り回される。
ルークに剣を渡す以前に、こうなってしまっては剣を離したかったのだが、の手は緊張と恐怖から動いてくれない。
「おいっ! どうなってんだ!
ちっとも倒れねぇぞ!」
目に刺さった剣を抜こうと暴れるライガ・クイーン。暴れているがために、余計に深く食い込む剣。『攻撃』としては確かに効いているのだが、ライガ・クイーンは倒れる気配をまったく見せない。
「まずいわ……こちらの攻撃がほとんど効いていない」
「冗談じゃねーぞっ! なんとかしろ!」
とにかく、ライガ・クイーンの動きを止めないことには、そのうちが壁に叩き付けられてしまう。今だって、の身体は意図も簡単に振り回されているのだ。
「きゃっ!?」
折れた木刀を構え、ライガ・クイーンを見つめたままルークがティアに怒鳴るのと、の手が振り程かれるのは同時だった。
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実は。
この連載における、直接のアリエッタの養母と兄弟の仇は本人だったりします。