「ほら見ろ!
 おまえ等がノロノロしてっから、逃げられちまっただろ!」

 茂みを越えた先、1人で待たされたルークは『おかんむり』らしい。
 腰に手をあてて、後から着た達に悪態を付いた。

(……なんていうか)

 そろそろルークの言葉の悪さにも慣れてきた。

(ムカッって来ることは、来るんだけど……)

 ちらり、とは隣に立つイオンに視線を移動する。
 その視線に気が付いたイオンは、にっこりとに微笑んだ。

(これぞ、イオンのマイナスイオン効果?)

 イオンのほのぼのとした雰囲気は、周りの空気を穏やかにしてくれる。もちろん、場違いなボケが飛び出て来ることもあるが。
 とはいえ、『断髪前』のギスギスしたルークとセットでいると、この空気をやわらげる雰囲気はありがたい。ルークの悪態も、3割り減に感じた。

 イオンの醸し出すほのぼのとした雰囲気に、が和んでいるうちに『イベント』は進んでいく。






「……ルーク殿は優しい方なんですね」

 邪気のない笑顔でそう宣ったイオンを、は眩しそうに見つめる。ある意味で、尊敬の眼差しといっても良い。『あの』ルークに対して『優しい』などと、『本心から』言えるとは。
 人が良いにもほどがある。

 正面からイオンに笑顔を向けられたルークは、直後、顔を大きく背けた。

「ア、アホなこと云ってないで、黙ってついてくればいいんだよ!」

「はい」

 口調こそ乱暴ではあったが、ルークの頬はほんのりと赤い。
 そんなルークの反応を不思議そうに首を傾げて見るティアと、の目があった。
 どちらともなく苦笑を浮かべ、おそらく考えていることは同じ。

 『ツンツン威張った我侭坊ちゃんも、純粋無垢な好意には弱いらしい』

 これからはルークが暴走しそうになったら、イオンに諌めさせよう――――――などとは口がさけても云わない。思ってはいるが。

「あと、あの変な術は使うなよ。
 おまえ、あれでぶっ倒れたんだから。
 魔物と戦うのはこっちでやる。
 おまえは……そっちの陰険女と、後ろで隠れてろよ」

 どうやらにも『陰険女』という通称がつけられたらしい。
 あまり付けられたことのない『あだ名』に、は数回瞬いた。
 人聞きの悪いあだ名ではあったが、現段階のルークは、ティアの呼称でさえも『冷血女』だ。逆に名前で呼ばれる方が気持ち悪い。
 『陰険女』という呼称にティアは眉を寄せているが、イオンは『陰険女』=だと気が付いていないらしい。話の流れからすると、『陰険女』という名前が指している人物はだとわかるはずなのだが。
 首を傾げながら自分の顔を見つめるイオンに、は苦笑を浮かべた。

「じゃ、魔物はルーク達に任せて……
 イオンく、様はわたしと張り切ってかくれんぼしましょう」

 うっかり『イオン君』と呼んでしまいそうになるのを慌てて訂正し、は視線をルークに向けた。

「――――――と云う訳で、がんばってね、ルーク。
 わたし達の方に魔物が来たら……イオンく、様がまた術を使って、倒れちゃうから」

「しっかり守ってね」と作り笑いを浮かべるに、ルークはおもいっきり不服そうに唇を曲げる。

「ってか、おまえは全然戦わない気かよっ!?」

「わたしは民間人ですよ?
 剣術の稽古が唯一の趣味だっていうルークと違って、戦い方なんて知りません。
 魔物がこっちに来たら、イオン様を連れて全力で逃げるから、
 せいぜいこっちに魔物が来ないよう、頑張ってね」

 一応、護身用に短剣を持たされているが。
 何の訓練も受けていないが持っていたとしても、現時点では役には立たない。

「けっ」

 イオンを盾に、せいぜい頑張れ。と言い切ったに、ルークは舌打つ。
 口達者なは気に喰わないが、確かにイオンには擁護が必要だと思った。
 弱い者を強い者が守る。
 集団で生きる人間として、心をもった人として、あたりまえの行為。それぐらいのことは、世間知らずだと誹られるルークにも身に付いているらしい。

 ルークを言い包めたと、それが気に喰わないルークの顔を見比べて、イオンが楽しそうに呟いた。

「ふふふ。
 お二人は、仲がよろしいんですね」

 イオンの意外な―――心外とも云う―――発言に、とルークは瞬く。

「なっ、何アホなこと云ってンだ!」

「……そう見えますか?」

 最初の反応こそ同じだったものの、とルークは次の瞬間にはまったく違う反応を返した。
 ルークは、イオンの言葉への反発。
 は、イオンの言葉への確認。
 違う反応ではあったが、タイミングは綺麗にそろった二人に、イオンは再び微笑む。

「ええ、さんとルーク殿は大変仲良く見えますよ」

 違うんですか? と首を傾げるイオンに、は苦笑を浮かべて曖昧に微笑みを浮かべた。

「気色悪いこと云うんじゃねー!」

 ルークはイオンの発言をきっぱりと否定すると、ついでのように一言。

「あと、俺のことは呼び捨てでいいからな」

 やはり、少し拗ねたように―――照れているのは、丸わかりだったが ―――顔を反らしながら大声で云った。
 イオンの感じたままの素直すぎる感想にいちいち反応するさまは……

「……こうして見ると、ルークも結構可愛い?」

「なっ」

「なんか、素直に褒められたりすると、照れて横むく所とか?」

 首を傾げながら、改めてルークを見つめるに、ティアがため息混じりに呟く。

「……、本当に可愛いと思っているの?」

 ティアからしてみれば、ルークは世間知らずで我侭。公爵家の子息であるはずなのに、口が悪く、礼節も弁えてはいない……それでいて、年齢だけは自分よりも年上の少年。
 およそ『可愛い』と思える要因はかけらも見つけられない。
 が、『筋書き』を知っているから見れば違う。世間知らずで我侭なのも、口が悪く礼節を弁えていないのも、ルークが産まれてまだ7年の子どもだと思えば……年相応に思えてくるから、不思議だ。外見が17歳の少年であるからこそ、つい幼児と同じように接することはできず、その言動にいちいち腹も立つのだが。
 ほんの少し距離を置いて見つめ直すと、長髪のルークもそれなりに『可愛い』とは感じた。

「可愛いと、やっと思えはじめたかも」

 これは、嘘偽りのない感想。
 『ゲーム』プレイ中に感じた長髪ルークへの印象は、酷いもので、途中何度もコントローラーを投げ出しそうにもなった。

「イオン様に褒められて、照れて……
 それを隠すために怒鳴ってみたり?
 ほら、7年前から記憶喪失ってことは、7歳の子どもみたいなものだし?
 そう考えれば、ルークも可愛くないこともないかもしれなくもない」

 まさか、『実際7歳の子どもである』と現時点でティアに告げる訳にもいかず、は一つの考え方として、ルーク=7歳説をティアに説く。
 それを聞いて、ティアも考え込むようにルークを見つめた。






「ルークもさんと同じ記憶喪失なんですか?」

 ルークに対し、早速『殿』をとったイオンが首を傾げる。

「ルークは記憶喪失の先輩です」

、記憶喪失に先輩も後輩もないと思うわ……」

 茶化すように続いたの言葉に、ティアが呆れたようにこめかみを押えながら呟いた。

「あと、わたしのことも、呼び捨てでいいですよ。イオン様」

 『ゲーム』でのイオンは、基本的に年齢、身分に関係なく呼び捨てで呼んでいた。もしかしたら、預言に支配されたオールドラントにおいて、一番の高位にいるものは導師イオンなのかもしれない。だからこそ、遥かに年上のジェイドやモースを呼び捨て、王女であるナタリアすらも呼び捨てだったのろう。
 ローズ夫人の家では、会話の流れからに対して『さん』を付けたが……ここ今にいたってまで、『さん』が付けられていることは、逆に不自然でもあった。

「……わかりました」

 少し考えた後、イオンははにかんだ笑顔を浮かべた。

「でしたら……も、僕のことは『イオン』と呼んで下さいますか?」

「え?」

「『イオン君』でもかまいませんよ?
 先ほどから、何度かそう呼びかけてくれていましたよね?」

「……あは。ばれてました?」

 うっかり『君』付けで呼びかけ、気づいてすぐに訂正していたが。
 この一見ぼんやりしている導師には、しっかり聞かれていたらしい。

「じゃあ、イオン『君』で」

「はい」

 『イオン君』と呼ばれて、イオンは嬉しそうに微笑む。
 その邪気のない笑顔に、はつられて微笑んだ。