いきはよいよい、かえりはこわい――――――とは、良く云った物だ。

 イオンによる何度目かのダアト式譜術の発動を見守り、は独り言ちる。

 イオンを追って、ひたすら森の奥へ、奥へと進んでいた時は、ほとんど獣に出くわすこともなかったのだが……イオンと合流してからは違う。
妙に獣に出くわす。
 というよりも、チーグルを探しながら歩くイオンが、獣のいそうな茂みや岩影に近付いていくから……結果として、人を警戒し、物陰に隠れている獣が達に襲い掛かってくるのだ。
 獣に出逢ってしまえば、立ち向かうよりも逃げようとは思うのだが……イオンは足が遅い。歩くのは早いくせに、走るのは驚くほど遅かった。
 は痛い思いはしたくはないが、それでもイオンだけは守らなけれはならない。イオンを守ろうとが身を前に出せば、逆にイオンがを押しとどめる。そうこうしている内に、イオンがダアト式譜術を発動させて、『戦闘終了』。
 云いたくはないが――――――

(避けられる戦闘って、あるよね……)

 はこっそりとため息をはき、ふらりと傾くイオンの体を支えた。






 イオン様! 御無事ですか!?」

 待ち望んでいたティアの声に、はイオンを支えたままの姿勢で、声の聞こえた方向に顔を向ける。
 木々の間に、こちらの姿を見つけたティアが走り寄ってくるのが見えた。その後ろに、だるそうに歩くルークの姿も。

「ティア!」

 追い付いて着たティアは、イオンとが怪我をしていないか、と一通り確認すると、ようやくホッと息をはく。それからすぐに眉を寄せ、を睨んだ。

! 1人で街の外に出るだなんて……」

「だって、イオンく、様を放って置く訳にも……」

「だからって、村の出口で私達を待っていても良かったはずよ。
 あなたは民間人で、戦闘訓練なんて、受けていないんだから……」

 守備よくイオンに追いつけても、イオンを守るために剣を振るうことは出来ない。
 暗にそう責められ、はうつむく。
 ティアの言葉は正論で、言い返すことはできなかった。

「怪我は、ないみたいね」

 うなだれたに反省の色を見、ティアはもう一度の体を点検する。

「どこも、怪我はしていないです」

「……擦り傷はいっぱいね」

 目立つ外傷はないが。
 の足下を見ると、葉や小枝に引っ掛けた擦り傷、切り傷が無数にあった。

「……ごめんなさい」

「あやまる必要はないわ……反省はしているみたいだし」

 苦笑を浮かべたティアに、ルークが追いつく。
 ティアとルークの顔を見つめ、イオンは眉を寄せて考える。
 自分は、彼等の名前を知っているはずだ、と。
 昨日、確か彼等は名乗っていた。『』という名前が出る前に。
 エンゲーブの村人に囲まれ、ジェイドと対峙したその中で。

「たしか、お二人はさんの連れで――――――」

「ルークだ!」

 イオンが答えに辿り着くのを待たずに、ルークが太々しく名乗る。
 相手を威嚇するかのような響きを持つ声音に、しかしイオンは動じることなく笑顔を向けた。

「ルーク……古代イスパニア語で、『聖なる焔の光』という意味ですね。
 いい名前です」

「っ!?」

 イオンに微笑まれ、名前を褒められたルークは、対応に困ったのか、顔を反らした。その横で、ティアが姿勢を正す。

「私は神託の盾騎士団モース大詠師旗下、
 情報部第一小隊所属ティア・グランツ響長であります」

 ルークの名乗りには微笑んでいたイオンだったが、ティアの名乗りには小さく驚きを見せた。

「あなたがヴァンの妹ですか。
 噂は――――――」

「はぁ? おまえが師匠の妹?
 じゃあ、殺すとか殺さないとか、あれは何だったんだよ!?」

 瞬くとイオンには構わず、ルークはティアに食って掛かる。

「……殺す?」

 不意に出てきた物騒な単語に、イオンは首を傾げた。
 イオンの仕種をみて、ティアは取り繕うように言葉を濁す。

「あ、いえ……こちらの話です」

「話を反らすな!
 なんで妹のおまえが、師匠の命を狙うんだ!?」

 『筋書き』通りの展開とはいえ、ルークの態度に嫌気が指し、は首を巡らせる――――――と、見慣れたシルエットが視界をよぎった。

「「あっ!」」

 イオンも気が付いたらしい。
 と声を揃えて、茂みに消えた影を目で追った。

「チーグルです!」

 とイオンの視線を追い、ルークが茂みに視線を向ける……が、すでにチーグルの姿は茂みの向こうに消えていた。

「ンのやろー! やっぱりこの森に住み着いてやがったな。
 ……追い掛けるぞ!」

 言い終わるより先に茂みへと飛び込むルークを見送ってから、はティアの横に並んだ。

「ティア……『ヴァンの妹』ってことは、
 馬車の中で話してくれたお兄さんのことだよね?」

「え、ええ……」

 ティアは云い難そうに眉を寄せる。

「命を狙った、っていうのは……?」

「ごめんなさい。こればかりは……」

「ヴァンとのこと、僕は追求しない方がいいですか?」

 ティアと向き合い、イオンが問う。
 教団の最高指導者としては、主席総長とその妹の確執について知っておく必要がある。そうは思うが、誰にでも云い難いことはある。それが兄妹間の確執であれば、余計に。必要なことであれば、最高指導者として相談にものるが、逆に聞き流しても良い。
 その判断を、イオンはティアに任せた。

「私の故郷に関わることなので、
 できることならイオン様やを巻き込みたくは――――――」

「おい! 見失っちまうぞ!!」

 ティアの声をかき消すルークの怒鳴り声。
 それを合図にしたように、イオンは茂みに向かい足を踏み出す。

「……行きましょう」

 今は、何も聞かないことにしておきます。――――――と、イオンはティアにだけ聞こえるように、抑えた声で呟いた。