ぼんやりと目を覚ます。

 音素灯の光が落された室内は、まだ薄暗い。
 が、陽が出ていないという訳ではなさそうだった。厚手のカーテンのすき間から、柔らかな陽光が差し込んでいる。

 小さくベッドを軋ませて、はゆっくりと体を起こした。
 隣のベッドを覗くと、ティアはまだ眠りの中。豊かな胸を上下させながら、規則正しい寝息が聞こえる。さらに隣のルークも、似たような状態だった。いつの間にかサイドテーブルに帳面が置かれている所を見ると……が寝た後に、ルークが日記を書いたのだろう。
 『生』で発生する『フェイスチャット』を見逃してしまった事を、少々残念に思いながら、は再びベッドに身を沈める。高級品ではないが、意外に柔らかい枕と掛布を頭まで被ったが、眠気は襲ってこなかった。
 どうやら、タイミングよく目が覚めてしまったらしい。昨日とは違い、変な夢を見ることもなかったし、移動距離こそ多かったが、そのほとんどが馬車での移動だったので、疲れも少なかったのだろう。
 文句の付けようのない覚醒。
 こうなってしまうと……無理に寝直すよりは、そのまま起きていた方が体調は良い。

 は再度体を起こすと、サイドテーブルに乗せた鞄をあさった。

(……何時頃だろ?)

 目当ての時計を探しだし、は文字盤を覗く。

(……?
 まだ、電池はあったと思うんだけど……?)

 首を傾げながら、午後5時半を少し回ったところで針を止めている時計を見下ろす。
 不思議には思ったが、『電池が切れたのだろう』と結論づけて、は時計を鞄に片付けた。

(……ってか、時計が動いていても、オールドラントの時間と合ってるか謎だし?
 自転周期は……たしか24時間だったかな?
 ダアトの図書館に、そんな事が書いてあった気がする……
 公転周期は765日。なんで765なんだろう。微妙な数字……あ、ナ●コ?)

 等とくだらないことを考えながら、はベッドを小さく軋ませて、ベッドをおりる。そのまま厚いカーテンを開くと、窓の外を見た。
 窓の外は薄靄の世界。
 夜は明けているだろう、という予想通り、東の方に広がる山肌が朝日に明るく照らされている。

(?)

 見覚えのある後ろ姿を見つけ、は首を傾げた。

(……そうか、イオンはチーグルの森で仲間になるんだっけ……)

 白を基調とした法衣と、小さく揺れる黒髪の少年を見つけ、は1人納得する。
 これからイオンは、チーグルの森に出かけるのだ。イオンとしては、チーグルによる食料盗難の真相を知るために。『ゲーム』としては……ルークと出逢うために。

 小さくなるイオンの後ろ姿を見送り、は再び首を傾げた。

 いくら何でも、早すぎる気がする。
 昨日の馬車の中でもそうだったが、ルークは基本的に目覚めが悪い。起こさなければ昼過ぎまで眠っているし、多少とはいえ協調性が身に付いた断髪後のルークですらも、起きるのは一番遅かったはずだ。
 にもかかわらず。
 チーグルの森でイオンと再会した時……彼は森の入り口付近にいた。

 このままでは、ルークの目覚めと、イオンのチーグルの森到着には、時間に差がありすぎる――――――





「……ティア、ティア……」

「……? ……?」

 肩を揺すられ、ティアは目を覚ます。
 ゆっくりと焦点を結ぶティアの視線がの姿を捕らえるのを確認すると、は身支度を開始した。

「導師イオンが1人でチーグルの森に出かけたの。
 1人じゃ危ないから、追い掛けましょう」

 簡単に髪を整え、軽装以外の何物でもない上着に腕を通す。
 ティアによる買い物レクチャーのさいに、護身用の短剣は買ったが、用の防具になる旅装束を買うお金はなかった。ルークの装備でさえも、木刀のままである。それについて何かルークが文句を云っていた気がするが、彼の愚痴とも云えないレベルの文句には付き合いきれないので、とティアは全て聞き流した。

「どうせルークも行くって、云ってたし」

 寝ている2人を起こすまいと、気づかいながら窓辺に移動した先ほどとはうって変わり、は機敏に行動する。多少の物音など、ついでにルークを起こしてくれれは万々歳だ。――――――が、ルークも大した物で、が結構な物音を立てているが、彼は一向に目覚める気配をみせない。

「アップルグミとオレンジグミを少し持っていくね」

 ティアの道具袋をあさり、は目当てのグミを2つずつ取り出す。

「ティアはルークを起こして、追い掛けてきて」

 取り出したグミを自分の鞄に入れると、は鞄を背負い、部屋を出ようとドアノブを掴む……と、ここに来て、ようやくティアの意識が覚醒した。
 の言葉を理解すると、ティアはの行動を制止する。

、あなた1人では危険だわ」

「導師イオン1人の方が危険でしょ。
 2人なら……盾ぐらいにはなれるし」

 正直、1人で追い掛けていっても、イオンの助けにはならない。
 護身用の短剣を持たされているとはいえ、は戦闘の素人だ。満足に戦えない。けれど、イオンを守って戦うことはできなくとも、イオンを守る盾ぐらいにはなれるはずだ。盾に剣技は関係ない。

っ!」

 の云わんとしている事を理解し、ティアは眉を寄せる。
 非難の声音がありありと伺えるティアの声に、は逃げるようにドアを開いた。

「とにかく、ルークを起こして追い掛けて来て。
 我侭坊ちゃんでも、今のわたし達には貴重な戦力だから」

っ!?」

 ティアはを呼び止めるが、はそれを無視してドアを閉める。制止するティアから逃げるため、はバタンっと大きな音を立てたが、ルークは相変わらず眠っていた。






 勢い良く閉じられたドアを見つめていたティアだったが、自分がまず何をすべきかを思い出し、ベッドを降りる。

 軽くルークの肩を揺すってみたが、起きる気配はない。

 多少の近所迷惑感は否めなかったが、ティアは深く息を吸い込んだ。