神託の盾騎士団導師守護役所属アニス・タトリン奏長は焦っていた。
彼女曰く、『ちょっと目を離した隙に、導師を見失ってしまった』。
少し違った視点から見れば、『産地直売のため、常より安く、種類も豊富な食材たちに目移りし、退屈な陸上装甲艦タルタロスでの集団生活の間に美味しい手料理を作って、タルタロスの指揮官ジェイド・カーティス大佐(の地位と高給)のハートをゲットォ! と意気込み、30分ほどより安い店を探すのに夢中になっている間に、呆れた導師が彼女を置いていった』のだが。
とにかく。
アニスが気がついた時には、彼女が守護するべき導師イオンはいなくなっていた。
完全にアニスのミスなのだが、アニスは『イオンがふらふらと行ってしまった』と自身に言い訳をしつつ、必死にイオンの姿を探す。
「連れを見かけませんでしたか?
わたしよりちょっと背が高くて、ぽや〜っとしてる男の子なんですけど」
自分たちは『一応』旅人である。
ならばイオンも宿屋にいるのではないだろうか。
そう考えてアニスはまっ先に宿屋を探したのだが、村にある3軒の宿屋のうちすでに2軒は空振りに終わっていた。
ここを探してもいなかったら、また次にイオンの行きそうな場所を探さなくてはならない。
導師イオンという少年は、教団内においては凛々しく、また指導者としての立場から歳よりもしっかりした少年であるのがだ、それはあくまで『教団内では』だ。
イオンに付き従って初めての遠出―――正確には遠出などという『可愛らしい』ものではなかったが―――教団外でみるイオンの姿は違ってみえた。
なんというか、自分よりも幼い少年といった所か。
ある程度世間知らずであろうことは想定していたが、畑になっている野菜や、飛び交うトンボにいちいち感動する様は、見ていて微笑ましくもあった。トンボに気を取られているイオンに油断し、軒先きの野菜の安さに目を奪われ、その隙にイオンを見失ってしまったのが。
とにかく、教団外の導師イオンは何にでも興味を示す。
まるで、初めて教団外に出たかのように好奇心が旺盛だ。
その彼が行きそうな場所など、絞り込む方が難しい。
「いや、俺はちょっとここを離れていたから」
「もぉ〜イオンさまったら、どこに行っちゃったのかなぁ」
端切れの悪い店主の答えに、アニスはこめかみを押さえる。
次はどこを探そうか、と考えている間に背後に人の気配が増えた。
宿屋に来る、ということは旅人だろうか。
旅人ならば、村の事を観察しているだろう。
イオンを見かけなかったか、と聞いてみるのも良い。
アニスが振り返るよりも先に、背後の人物が口を開いた。
「イオン? 導師イオンのことか?」
イオンの名前を出す前に、目当ての名前を聞き、アニスは顔を輝かせる。
笑顔のまま振り返り、背後に立っていた(ちょっと莫迦そうな)赤髪の青年を視界におさめ――――――その後ろに、見なれた黒髪を見つけた。
「あ! イオンさまっ!」
探していた黒髪を見つけ、アニスは(まぬけづらをして)突っ立っている赤毛の青年を押しのける。
そのまま顔を確かめる事なく、アニスは黒髪の人物を逃さないように、しっかりと抱き着いた。
「きゃっ!?」
「きゃ?」
黒髪の人物=イオンであろう。
そう疑うことなく、アニスは『イオン』を捕獲すべく抱き着いたのだが……頭上から聞こえた声は、イオンの物とは違う。イオンよりも高く、澄んだソプラノ。
そして、何よりも違う『物』がアニスの目の前にあった。
「!!?
イオンさま!?
いつのまに女の子になっちゃったんですか!?
しかも、私よりおっきい!」
目の前にある豊かな膨らみを掴み、アニスはそれが本物であることを確かめるように力いっぱい掴む。
「い、痛いっ!」
加減のない力に胸を掴まれ、悲鳴をあげた女性の声に、アニスが人違いだと気がつくのと、襟首を掴まれ女性から引き剥がされるのは同時だった。
「ちょ、ちょっとあなたっ!
何をするのっ!?」
「あれ? 人違い……?」
女性の連れであろうもう1人の少女が眉を寄せてアニスを見下ろす。アニスを引き剥がしたあと、黒髪の女性を背中に庇うように立った少女は……同じ神託の盾兵だ。教団から支給される服を着ていた。
それから、背中に庇われた女性を観察する。
イオンと間違えたように、髪は黒い。
それから瞳は……瞳も黒い。
アニスが知る限り、1人しか持ち合わせていない『色』を、黒髪の女性は持っていた。
「いきなり女性の胸を……も、揉むだなんて、失礼よ」
眉をよせて抗議してきた少女に、黒髪の女性の色に驚いていたアニスは素直に姿勢を正して謝罪する。
「ご、ごめんなさい。
探している人と、同じ髪の色……だった、から?」
謝罪の言葉を口にしながら、だんだん小さくなる声。微かにかしげられたアニスの首に、少女は背後の女性を隠すように立った。
アニスが宿屋にいる事は知っていた。
が、いきなり胸を掴まれる事になるとは思ってもいなかった。
は力いっぱい掴まれたためにズキズキと痛む胸を抱きしめつつ、ティアの背中ごしにアニスを見つめる。
「導師イオンだったら、ローズ夫人のところにいらしたわ」
を庇い立ち、警戒の色をあらわにティアはアニスを見下ろす。
やはりアニスからも探るような視線をうけたが、は気づかないふりをした。アニスの方も、を探るように観察したのはほんの一瞬のことで、すぐにティアの出した『イオン』という名前に興味を移した。
「ホントですか? ありがとうございます」
探していた人物の所在を確かめ、アニスはにっこりと笑う。
早速ローズ夫人の家に向かおうとするアニスを、ルークが道を塞いでアニスの突進を止めた。
「ちょっとあんた!」
刹那。
『ちっ』とアニスの形相が変わったのを、は見てしまった。
ルークは鈍いので気がついていない。
ティアは胸を庇っているを気づかい、アニスの表情の変化には気がつかなかった。
「なんで導師がこんな所にいるんだ行方不明だって聞いたぞ」
「はうあ!?
そんな噂になってるんですか!
イオン様につたえないと!」
一瞬だけ見せた形相を綺麗に隠し、アニスは『可愛らしく』口元に手を当ててポーズを取る。
それからすぐにルークを押し退けて宿屋を飛び出した。
「おい」とルークが話は終わっていない、と呼び掛けるがアニスの足は止まらない。
彼女にしてみれば、まだ『公爵の息子』と知らないのだから、ルークを相手にする時間はおしいのだろう。
玉の輿にのるための現在のターゲットはおそらく、ジェイド。
莫迦っぽい少年に割く時間はない。
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