「彼等は漆黒の翼ではないと思いますよ。
 私が保証します」

 ジェイドの声に、はそろそろか、と隣のイオンに視線を移す。
 その視線をうけて、イオンは口を開いた。

「ただの食料泥棒でもなさそうですね」

「イオン様」

 ジェイドの声……というよりも『イオン』という名前だろう。
 『イオン様』という呼び掛けに反応し、村人たちはイオンの為に道を開けた。
 人垣が割れたことで室内が見やすくなったと目があい、ティアはバツが悪そうに眉を寄せた。を戸口に放置したままであったと、気がついたのだろう。

「少し気になったので、食料庫を調べさせていただきました。
 部屋のすみに、こんなものが落ちていましたよ」

 イオンがローズ夫人に『食料泥棒』の落とし物を手渡す。
 掌に乗せられたものを見て、ローズ夫人は苦笑を浮かべた。

「こいつは……聖獣チーグルの抜け毛だよ」

「ええ、おそらくはチーグルが食料庫を荒らしたのでしょう」

「ほら見ろ!だから泥棒じゃねぇっつたんだよ!」

 イオンによりもたらされた『犯人は他にいる』という証拠に、ルークは息巻く。
 そこに、ティアはすかさず横やりを入れた。

「でも、お金を払う前にリンゴを食べたのは事実よ。
 疑われる行動をとった事を反省するべきだわ」

「仕方ねぇだろ!
 金を払うなんて知らなかったんだから!」

 息のあったやり取りを遠巻きに眺めつつ、はまたも視線を感じる。
 今度はイオンではない。
 ローズ夫人とルークに気を取られている村人でもない。

 では、いったい誰が……と視線の主を探すと、深紅の瞳と目があ――――――うまえには目を反らす。
 反射的に目を反らした後で、はすぐに後悔した。
 これではまるで『やましいことがあります』と云っているような物だ。
 別にやましい事をしている訳でも、しようとしている訳でもないが、何かと鋭い彼は避けて通った方が良い。

 今はまだ良い。

 ただの旅行者と、『たまたま』村に来ていた将校。
 それだけの関係だ。
 が、これからもルーク達と行動を共にするとなると……避けては通れない相手になる。それでも、『自分から怪んでくれ』とアピールする必要はどこにもなかったが。

 死霊使いと謳われる軍人相手に、の『記憶喪失』がどこまで通じるかは解らない。

 そこへ、最初から躓いてしまっては意味がない。
 一番やっかいな人物を相手に。

 意を決し、は視線をジェイドに戻すが、彼はすでに背中を向けている。
 の存在に毛ほどの興味も持たなかったのか、視線を感じたと思ったのはの勘違いで、たまたま辺りを見渡したジェイドと目があったのか。

 いずれにせよ、はホッと胸をなでおろした。









「……別にどうでもいいさ」

「そいつはよかった」

 村人からの謝罪を受け、顔をそらしたルークにローズ夫人は微笑んだ。
 これで食料盗難事件は一件落着。まだ根本的な解決はなされていないが、少なくともルークが犯人でないことは証明された。

「さて、あたしは……」

「あの、ローズ夫人。
 夫人はこの村の代表者だと聞きました。」

 村人たちを追い出し、ジェイドとの話に戻ろうとするローズ夫人にティアが控えめに話し掛ける。村人に続き戸外に出ようとしていたルークは、室内に残ったティアを振り返った。も『イベント』にはないティアの行動に、首を傾げながらティアの背中を見つめる。

「そういうことになってるね。
 なんだい? あたしに何かようかい?」

 首をかしげながら聞き返すローズ夫人に、ティアは戸口を振り返り、を呼ぶ。



「はい?」

 訳もわからずは首をかしげる。
 それから呼ばれるままにローズ夫人とティアの間に立った。

「……あの?」

 室内に入るとイオンが再びに視線を向ける。
 の顔をみて息を飲んだローズ夫人に、微かにジェイドがを振り返った。

「彼女は森で私が保護した『』といいます。
 記憶を失ってしまっているようで、困っているのですが……エンゲーブの住民ではありませんか?」

 ああ、そういえば。
 すっかりルーク達についていくつもりであったために忘れていたが。
 自分は『記憶喪失』としてティアに『保護』されている身であった。
 の身元を確認するために、ティアが行動をおこすのは予想できることで、その『行動』として、エンゲーブの代表者であるローズ夫人の前には今立たされている。……そういうことだ。

「エンゲーブは小さな村だといっても、結構人がいるからね。
 村の集全員の顔を覚えているわけじゃないけど、『これ』なら嫌でも忘れられないよ」

 自分をはさんで続けられる会話に、は訳が解らず首をかしげる。
 ローズ夫人のいう『これ』。
 そして、辻馬車やエンゲーブに来てから感じる妙な視線。
 どうやら自分に何か理由があるらしい、ということは解るのだが……その理由までは見当がつかない。何しろ、『筋書き』にない『イベント』だ。
 自分の存在一つでかわる『筋書き』を、嫌でも実感させられる。

「残念ながら、エンゲーブの住民じゃないねぇ」

「……そうですか」

 少し落胆したようにため息を吐くティアには申し訳ないが、は『それはそうだろう』と1人納得した。
 自分は日本人で、マルクト人ではない。
 もっと広い意味で云うのなら、異なる世界の人間であり、オールドラントの人間ではない。
 村々をめぐり、ティアがの身内を探した所で、その身内が見つかるはずがなかった。

「ティア、あの……」

 意図的に『そう』誤解させたとはいえ、は責任を感じて肩を落とすティアが不憫でならない。
 がルークに同行しているのはの意志であって、本来ならばティアが罪悪感を抱く必要はどこにもなかった。

「あの森の近くといったら、次はケセドニアね。
 まずはカイツールの検問所にいって、それから……」

 は、気を落とさないで欲しい。と伝えようと思ったのだが、そう言い出す前にティアは顔をあげた。それからを安心させるように微笑み、次の行動を提示する。
 タタル渓谷から近いエンゲーブでダメだったので、次は逆方向のケセドニアにあたりをつけたらしい。ティアには申し訳ないが、そこもはずれだったが。

「ティア、ケセドニアもいいんだけど……聞いていい?」

 1人予定を立てはじめるティアの袖を遠慮がちにひき、はここしばらくの疑問をぶつけた。

「馬車の中でもそうだったんだけど……わたしになにかあるの?」

 辻馬車の中も、今もそうだったが、の姿を見た人間は大体驚いて背筋を伸ばす。それから遠慮がち―――のつもりなのだろう。当人たちにしてみれば―――にの顔を盗み見る。ちらちらと感じる視線に敵意は感じないが、居心地の悪いことこのうえない。

「ある……といえばあるんだけど」

 ティアの視線がの頭の先からつま先まで降りて、最後にと目をあわせる。
 初めて見るティアの探るような目つきに、は思わず背筋を伸ばし、救いを求めるようにイオンに視線を移した。……相変わらず、逆に凝視されていた。
 と目があうと、イオンは遠慮がちに微笑む。

「ごめんなさい。
 はっきりしないことから、まだ云えないわ」

「そうなの?」

 思いっきり観察したあとに云うことはそれだけか。そうツッコミたかったが、も口を閉ざす。
 納得はできなかったが、ティアが『云えない』というのだから、聞き返しても答えは返ってこないのだろう。
 も突っ込んだ話を聞かれては困る身の上。
 曖昧にしておきたい話題には、こちらからも触れない。

 それに、どうやらの『記憶喪失』とは関係のない話のようだ。

 だとすれば、ティア達がどう考えているのか、自分に何があるのかはわからんかったが、ティア達の思い違いであることに間違いはない。

「ええ、本当にごめんなさい」

 ティアの小さな謝罪の声に、会話は終了した。






 室内の会話が終わったらしい、とルークは早々にローズ夫人の家を出る。
 それに続き、ティアが戸口に向かう。
 促されるようにしてが戸口に向かうと、イオンに呼び止められた。

……さん?」

「はい?」

 遠慮がちな声に、は首をかしげて振り返る。

「いえ、すみません。なんでもありません」

 イオンもまじまじとの顔を見てくるくせに、それ以上の事を語る気はないらしい。
 変だな、と首を傾げながらもはティアを追い、戸口に向かった。

 その背中に、もう一対の視線を感じて。






  

異世界というよりは、異次元な気もする。
『トリップ』って。