「ローズさん、大変だっ!」

 ルークの背中が『ローズ夫人』の家に蹴り入れられるのを、とティアは少し離れた位置から覗く。
 ルークに続いて夫人の家に入っている村人の後に続き、は玄関先で『イベント』の進行を見守るべく、家の中を覗いた。
 村人数名の背中と、少し前に突き出される形になっているルーク。
 ルークの目の前に立つ割腹の良い女性が『ローズ』さん。

 その奥に、すらりと背の高い後ろ姿が見えた。

「こら!
 今、軍のお偉いさんが来てるんだ。
 大人しくおしよ!」

 『お偉いさん』と称された人物は、自分が話題に上がっていてもこちらを振り向くことはない。これだけの騒ぎの中、1人『我関せず』とばかりにティーカップを口に運んでいた。

 ある意味さすがだ、と呆れながらは室内を見渡す。

 『ゲーム画面』とは違い、生活臭がある。
 イメージとしては、『画面』から受ける印象と大差ない。
 ただ、居間も台所もベッドも一間といった間取りではなかった。いつ来ても料理をしている女性の姿は見えないし、衝立の向こうで眠っていた人もいない。

(……そう云えば)

 目の前の『主要キャラ』を確認し、は気がつく。

(このイベントの時、イオンって後から来たよね……?)

 会話の途切れたタイミングを狙ったかのように、イオンは言葉を引き継いで現れたはずだ。
 この場にあらわれる前は、倉庫でチーグルの毛を見つけているはず。

 ということは、今頃はあの宿屋の倉庫にいるのだろうか――――――?

 そう気がつき、が宿屋の方向を見るように振り返ると……漆黒の瞳と目があった。







 と目があい、イオンは驚いたように瞳を見開く。
 予測していたとはいえ、突然現れたイオンに、も同じように驚いた。
 小さく息を飲んだの異変に気がつき、振り返ったティアがイオンの姿を認め、呟くようにその名を呼ぶ。

「……導師イオン?
 なぜここに……」

 ――――――と、不意に良く通る声が聞こえた。

 興奮した人間の中では目立つ、落ち着いた声。
 辻馬車の中でも聞いた声だったが、ティアたちは気がついていない。

「私はマルクト帝国軍第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。
 あなたは?」

 ジェイドの誰何に、ティアは慌てて人垣をかき分けた。
 普通の脳みそを持っていれば、『それ』に正直に答える者はいない。
 が、聞かれた相手は『あの』ルークなのだ。
 悪い意味で怖いもの知らずなルークであれば、躊躇うことなく『正直に』答えるだろう。

「ルークだ! ルーク・フォ……」

「ルーク!」

 胸を張り、今まさに居丈高に答えようとしたルークを、ティアが遮る。
 そのままルークの腕をひねりあげ、何ごとか囁いていた。
 の位置からは聞こえないが、たしか『自分の身分を明かすな』といった内容を話しているはずだ。

「どうかしましたか?」

「失礼しました、大佐。
 彼はルーク。私はティア。
 ケセドニアへ向かう途中でしたが、馬車を間違えて……」

 なんとかルークを言い含め、黙らせたティアが変りに説明をはじめる。
 ルークの軽率な発言をとめるため行動にでたティアを見送ったは、ふと視線を感じて振り返る。
 イオンもてっきりと同じように、室内でのやりとりに気を取られているのだろうと思っていたのだが……違った。
 イオンはティアを追うことなく、を見つめている。

「……あの?」

 不審に思い、は首をかしげる。
 どうも、エンゲーブについてから人の視線をうけている気がした。

「あ、いえ……失礼しました。
 女性の顔を凝視するなど、あまりお行儀の良いことではありませんでしたね」

「いえ、それはいいんですけど……」

 凝視されることにも慣れてはきたが、何故そうされるのか。それが解らなくて、は気分が悪い。

 イオンは首をかしげるの横に立ち、室内でのやり取りを見守った。