不機嫌オーラを放ちながら先頭を歩くルーク。
 ティアは肩をすくめ、その後ろを歩く。
 その隣では時々あたりを見渡した。

 エンゲーブという村は、意外に広い。
 『ゲーム』ではたった数軒の民家と宿屋、あとはローズ夫人の家があっただけだが、さすがに実際に歩いてみるとゲームとの違いがわかる。民家は『背景』とは比べ物にならない程の数があったし、農地も広い。ゲームにもいた『畑に隠れて姿の見えないおじさん』らしき人物にもあったが、その『畑』の広さもすごかった。畑の広さもさることながら、その中から人をみつけられたティアの洞察力にも驚いたが。
 『畑に隠れて姿の見えないおじさん』に教えてもらった道を歩き、宿屋を探す。おじさんの云うことには、村には宿屋が3軒あるらしい。『ゲームでは』1軒だけだったのだが……確率は1/3。これでタイミングよく『イベント』が起こるのだろうか。

 が首をかしげると、他の家よりやや大きい家の前に、人だかりができているのが見えた。

「ダメだ……
 食料庫の物は根こそぎ盗まれている」

 宿屋が3軒もあって、タイミングよく『イベント』が起こるのだろうか? と心配していたのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。
 ヴァンに言わせれば『星の記憶は絶対だ』といったところか。
 の目の前で、懐かしさを覚える『イベント』が始まっていた。

「北の方で火事があってからずっと続いているな。
 まさかあの辺に脱走兵でも隠れていて食うに困って……」

「いや、漆黒の翼の仕業ってことも考えられるぞ」

 とティアは足を止め、人だかりの会話を漏れ聞く。

「なるほど。
 食料泥棒が『ずっと』出ているから、あの店主はルークに敏感に反応したのね」

 お金を払う前に軒先きに並べられたリンゴを食べたルーク。
 それに対する店主の反応は早かった。そして、強烈だったとも言える。
 代金を払う前にリンゴを食べたルークが悪いことに変りはないが、食べた瞬間に『お客』に対して怒鳴り付ける『店員』というものは印象が悪い。『代金を払わずに逃げたところを捕まえた』のであれば店員の態度が大きくても問題はないが、あくまで『まだ払っていない』『これから払うかもしれない可能性のある』客に対して店員は下手にでるのが普通だ。それをルークが問題をおこした店の店主はいきなり怒鳴りつけ、警備軍に突き出すとまで『脅した』。接客業としては多々問題がある。

 ようやく納得がいった、と腕を組むティアの横で、は祈るような気持ちでルークに視線を向ける。
 できれば、大人しくしていて欲しい。
 『イベント』としては、ルークはこの会話に入り込むはずだったが。

 の視線に気づくことなく、ルークは『筋書き』通りのやじを飛ばす。

「漆黒の翼ってやつらは、食べ物なんか盗むのか?」

 ルークはわかっていない。
 その発言のもつ意味を。

 ルークとしては思ったことを素直に言葉にしているのだろうが、この『食料の村』と呼ばれるエンゲーブにおいて、ルークの発言は失言と云って良い。

 むしろ、暴言だろう。

「ルー……」

「ティア」

 と同じく、『暴言』に気がついたティアがルークを諌めようとするのを、が手を引いて止める。
 ティアは腕を引くを不思議そうに見つめ返した。

?」

 ルークと同じく『記憶喪失だ』というは、それでもルークとは違い、良識をもっている。
 この村において『食べ物なんか』というルークの暴言がもつ意味を、解らないはずはないと思うのだが……がルークを止めようとしないことがティアには不思議だった。

「たぶん、止めない方がルークの『勉強』になると思うから」

「……それも、そうね」

 とかくルークの暴君っぷりには、ティアもも頭に来ていた。








「食べ物なんかとはなんだっ!
 この村じゃ食料が一番価値のあるものなんだぞ!」

「何せこいこと云ってんの。
 盗まれたなら、また買えばいいじゃん」

「何!
 おれたちが一年間どんな思いで畑を耕していると思ってる!!」

 予想通り、『食料泥棒』への怒りが『ルーク』に向きはじめた村人たちの輪を離れ、とティアは傍観を決め込む。
 ルークの仲間と思われて村人の敵意に晒されることは恐ろしいが、それ以上にルークの『無知』が連れとして恥ずかしい。

 自分で農作物を育てたことのないルークは『食べ物なんか』と軽く云うが、野菜というものは簡単にはできない。
 土に種を蒔いて水をやれば後は勝手に実がなるいうものではなく、栄養が足りなければ肥料をまき、その栄養を横取りされないように雑草をマメに除草する必要がある。水のあげすぎもよくないが、足りなすぎるのもよくない。 土が堅ければ育たない作物もあり、土中に住む動物に作物を荒らされる事もある。
 美味しい野菜を作るためには、『一年間』気を緩める事も、手を抜くこともできない。

 たまたま『貴族に生まれた』ルークは、畑を耕す必要がなかった。ただ公爵家の豊富な財力で贅沢三昧といえる生活をしてきた。
 たまたま『農家に生まれた』村人は、畑を耕す必要があった。できた作物を売った金で慎ましやかに日々の糧を得ている。

 は貴族も農家の生まれでもないが、どちらかと云えば農家の視点のほうが想像はつくし、共感が持てる。
 ルークの発言は、無分別かつ無遠慮な『云ってはいけない言葉』だ。

「なあ、ケリ−さんのところにも食料泥棒が来って?」

 後方から話し掛けられ、ティアとはそろって振り返る。
 後ろにいたのは、先ほどルークに対し怒鳴り付けた果物屋の店主だった。
 店主の方も、とティアに見覚えがあったので、『あ!』と驚きの声をあげ、すぐに村人の輪の中にいるルークに視線を移して反射的に叫んだ。

「おまえ!
 俺のところでも盗んだだけじゃなくて、ここでもやらかしたのか!」

 正確にはルークは『盗んで』はいない。
 代金を支払う前に食べたことは事実だが、それだけでは『盗んだ』ことにはならない。
 けれど、店主はルークに対し『盗んだ』と発言した。
 その言葉に、『食料泥棒が頻繁に起こっている』村人たちは敏感に反応する。

「「「!!!」」」

「なんだと……まさか、あんたがうちの食料庫を荒らしたのか!」

「泥棒は現場に戻るっていうしな」

 これまで以上に険悪な雰囲気をまとった村人がルークを取り囲む。
 輪の外にいたため、ティアとがその敵意に晒されることはなかったが、ティアはさりげなくを背中に庇った。

「俺が泥棒だって云うのかよ!」

「うちの店先からリンゴを盗もうとしただろうが!」

 ルークの言い分としては『お金を払うなんて、知らなかった』なのだろうが、それで許される問題ではない。
 その後、ちゃんとティアが買い物の仕組みを説明し、店主にもリンゴの代金を支払っているので、店主がルークに対して『盗んだ』という言葉を使うことも間違っているのだが。
 ルークは自分が間違いをおかしても、決してそれを認めない。反省の色すら見せないし、それどころか毒づき悪態を吐く。悪い意味で言い訳もせず、強がって反発もする。だからこそ周りの反感を買い、余計に刺激してしまう。

「よし、おまえを役人につきだしてやる!」

 案の定。
 村人の怒りを煽ったルークは、無実の罪で役人に突き出されることになった。

「お、おいっ!」

 ケリ−と呼ばれた男の言葉に、ルークは慌ててティアとを振り返る。
 その視線に、は小さく肩をすくめ、ティアはため息を漏らしながら呟いた。

「一度掴まった方が、ルークのためになるとおもうの」

「そうね、世間知らずを言い訳にするのなら、いい機会よ。
 しっかり世間を学んでちょうだい」