「――――――と、ここまでが買い物の仕組みよ。
 理解できた?」

 掌に乗せたガルドを珍しそうに弄ぶを、ティアは少しだけ眉を寄せて眺める。
 ルークと並んで村を眺めている時は普通に見えたのだが、こうして掌のガルドを弄ぶ仕種はルークとかわらない。ガルドを『初めて見た』とでもいうように珍しそうな顔をしてコインを観察していた。

「はい。
 ご教授ありがとうございました」

 不思議そうに眉を寄せるティアに気づかない振りをし、は微笑む。

 はルークとは違い、いまさら説明などされなくても『買い物』という仕組みを理解している。
 しかし、オールドラントの通貨である『ガルド』そのものがわからない。
 コイン1枚=1ガルドだろうか、とも単純に考えていたが、これだと終盤のルークの財布はとんでもないことになる。10万ガルド=10万枚のコインを財布にいれて持ち運ぶ事になるはずだ。それは流石に無理だろう。
 その辺りの知識を得ようと、はルークと一緒に、ティアによる買い物の仕組み講座をうけた。
 ティアの説明によると、ガルドも日本円のようにコインの質で価値が違うらしい。『金貨じゃねーから、気づかなかった』とルークが云ったように、金貨が一番価値が高く、次に銀、銅と下がっていく。
 説明の間にわけられた『ガルド』を見下ろし、はティアの説明を反芻した。

「何もそんなにかしこまらなくても……」

「いや、でも教えてもらった訳だし。
 こと、これに関してはティアは先生なわけだし?」

「俺がわからないっつてんだから、教えるのは当然だろ?
 何いちいち礼なんていってんだよ。
 おまえはついでだ」

 の横で同じようにコインを眺めていたルークが、コインをポケットにしまいながら毒づく。
 どうやらしっかり着服するつもりらしい。もしくは、ルークにとっては『小金』。『小金ぐらい返さなくても良いだろう』と思っているのかもしれない。

「そんな言い方、良くないと思うわよ。
 私にしたら、あなたに買い物の仕方を教える方が『ついで』だわ」

「なんだとっ!?」

 ルークは軽んじられる事を嫌う。
 己の態度を見つめ返すことができれば、自分の態度はそうされて当然だと気づけるのだろうが。残念ながら、現段階のルークにそれは望めない。
 ティアに『ついで』なのは自分だ、と云われてルークは拳を握りしめた。

「ルーク?
 世の中にされて当たり前のことなんて、何一つないんだよ?」

 今にもティアに殴り掛かりそうな剣幕のルークの袖をひき、はそう諭す。
あまり『長髪の』ルークとは関わりたくはないが、『世間』というものを教えてやれ ば、 多少なりとも改善はされるかもしれない。……というか、これ以上ひどくはならないだろう。『長髪の』ルークは愚かではあるが、莫迦ではない。

「はぁ?」

 『何いってんだ、こいつ?』とでも云うように、ルークはを見おろす。
 否、見くだす。
 人を蔑む響きをもつルークの声音に、寄りそうになる眉に力をこめ、は顔の筋肉だけで笑顔を保った。
 ルークにつられて、不愉快な顔をしてはいけない。
 そうしてしまえば、ティアと同じだ。
 ルークに自分のペースを乱されて、口喧嘩に発展してしまう。

「お金を払わずにリンゴを食べたルークを見捨てて、
 ティアはあなたが警備軍に突き出されるのを見ていることもできた、ってこと」

「なっ」

 ルークにして見れば、自分は常に被害者だ。
 7年前に誘拐され、その時のショックから記憶を失っている。
 今回の出奔もティアが直接の原因であって、自分は巻き込まれたと思っている。

 記憶を失い『新たに築いた』7年の間に『学ばなかった』己の責任も、『自分で引き起こした』超振動も、ルークの『頭には』ない。

 貴族であり、記憶障害のある自分は、庇護されて『当然』の存在。
 自分は被害者で、ティアは加害者なのだから。

 したがって、被害者であるルークが買い物の仕方を知らないのも、『当然』のことであって、そのことからおこったトラブルを加害者のティアが解決するのも『当然』である。

 ただし、『ルークの頭の中では』と付く。

 から見れば、ルークの置かれている状況は違って見える。
 記憶喪失と云われてはいるが、ルークの場合はもともと『記憶』がない。本物の記憶障害の人間とは違い、そこに新しい知識を入れるのは簡単なことだ。にもかかわらず、知識を取り込まなかったのはルークの怠慢。両親の顔を覚えることからはじめた、とティアに云っていたが、7才の子どもであれば両親の顔を覚えているのは当然のこと、1人で買い物だってできる。
 ティアとの間に引き起こした超振動も、ルークがティアとヴァンの間に入らなければ発生しなかったはずだ。ヴァンであれば、譜歌の影響下であっても、ティアの攻撃などいくらでも防ぐ手立てをもっていただろう。

 全てはルークの『言い訳』。

 全てをティアがフォローする責任はない。

「ついでに云うと、あなたを屋敷まで送っていくっていうのも、
 ティアが責任感をしっかりもっている優しい人だからであって、
 普通なら森で見捨てていくわね。
 あなた、態度悪いし」

「なんだとっ!?」

 淡々と並べられた事実に、ルークはかっと顔を赤らめて、の胸ぐらを掴む。
 突然の行動には瞬いたが、ルークが振り上げた手をティアが掴んで止めた。

「ルークっ!」

「うるせぇーっ!!」

 腕を掴んだティアを、ルークは威嚇するかのように歯を剥く。
 であれば、その威嚇も効いたであろうが……そこは軍人。ティアは怯むことなく静かにルークを見つめる。

「……ルーク、ここはあなたの『お屋敷』じゃないのよ」

 今ルークが立っている場所は、『王様』でいられる『お屋敷の中』ではない。
 ルークの『事情を知っている』人間だけで構成された狭い世界ではなく、『事情を知らない』人間のみで構成された広い世界だ。

「ついでに云えば、マルクトなの。
 あとは云わなくてもわかるでしょう?
 ……子どもでないのなら」

「……ちっ」

 ティアに窘められ、ルークは軽い舌打ちとともにの胸ぐらを突き放すように解放した。
 その勢いによろけたを、ティアは受け止め、背に庇う。
 ティアとルークもそうだったが、とルークも相性は最悪といって良い。放って置けば喧嘩を始め、フォローに入った方も結局喧嘩に発展する。

 ルーク・フォン・ファブレとは、そういう『人種』だ。






  

このルークが本当に姉上至上主義にかわっていくのか、すっごく不安なんですが(笑)