数歩先を歩くの背中を、ティアはぼんやりと見つめた。
は穏やかな陽光の中、ルークと並んで物珍し気に軒先きに並べられた商品を眺めている。エンゲーブに到着してすぐは、村人からの好奇の視線に戸惑っていたようだが、今はなれたのか穏やかに笑っていた。鮮やかなリンゴに顔を近付け、値札を覗く。すると店主に何やら話し掛けられ、慌てて首を横に振ったりと……極普通にエンゲーブを満喫しているように見えた。
こうして見ると、とても『記憶喪失』には見えない。
見るものすべてが珍しい、と以上に周りを見渡すルークとは、明らかに違う。周りを見渡す仕種が自然で、ルークのように浮いてはいない。
一見、エンゲーブに立ち寄った旅行者、といったところだろうか。
身に持った色を覗けば、普通の女性だ。
「……」
「はい? なんですか?」
呼び掛けると、はすぐにリンゴから顔をあげ、ティアに振り返る。それから首を傾げながら、ティアのところへ小走りに寄ってきた。
「さっきのあれは……預言なの?」
「え?」
ティアの問いに、は数回瞬いてから、再び首を傾げた。
どうやら、何に対しての言葉なのか解っていないらしい。
『馭者に渡したペンダント』に対して、『絶対に帰ってくる』と云った事についてなのだが。確かに、ティアの言葉が足りなかったのかもしれない。
ティアは言葉を足そうと口を開くが、そのまえにが口を開いた。
「わたしは預言は詠めませんよ?」
そもそも、には預言の読み方がわからない。
預言と呼ばれる物が、第七音素で詠むことができ、第七音素を扱えるのが第七音譜術士だけだ、というのは知識として知ってはいたが。オールドラントの人間のいう『音素』事体が理解できなかったし、音素を扱うために必要な『フォンスロット』というものも、は持ってはいない。
「でも、さっきは……」
はティアに云った。
『ペンダントは必ず帰ってくる』と。
眉を寄せていぶかしむティアに、はようやくティアが何をさして『預言なのか?』と云っているのかを理解した。
「預言は詠めないけど、アレは本当。
ティアのペンダントは役目を終えたら、かならずティアのところに帰ってくる。
だから、今は……つらいだろうけど、諦めて」
母親の形見のペンダントを質草のように手放すことは、ティアにとって身を切ることよりも辛いだろうが。
にはそう云うことしか出来ない。
勝手なことを云っていると、自覚はある。
馭者の勘違いにより、ティアの手許に戻ってくるチャンスはすでにあった。
そのチャンスを、ティアの目の前で潰してしまったのはだ。
母親の形見だと、昨夜ティアの口から聞いた。
ルークの言葉以上に、の言葉には責任がある。
「さんの予言は『預言』より正確なんだから。
絶対、絶対。
あのペンダントはティアのところに帰ってくるよ」
何しろ『筋書き』を知っている人間の発言だ。
多少『イベント』の『発生時期』に前後はあるだろうが、間違い無くティアのペンダントは取り戻せる。
「なぁに? それ」
ティアのさす『それ』は『予言』。
『預言』ではなく『予言』と云ったことが気になるのだろう。
首を傾げながら、それでも自分を励まそうとしているに、ティアは苦笑を浮かべた。
不意に、市場で大声があがる。
とティアが驚いて騒ぎの起こっている方向に目を向けると、その中心にはルークが立っていた。
前 戻 次