(……?
 どこかで、見覚えがある顔ですね……)

 赤い馬車の後部につけられた窓からこちらを―――後続のタルタロスを―――確認する『賊』の顔に、ジェイドは微かに眉を寄せた。
 艦橋のモニターに映像として投影された『賊』の金色の髪は、マルクトでは決して珍しい色ではない。一番身近な相手……というには語弊があるが、マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の髪も金色であったし、故郷に暮らす妹の髪も金色だ。

 では、どこで『賊』を見たのか。

 記憶を探るが、すぐには出てこない。
 余程古い記憶か、ただの思い違いなのか。

 なんにせよ、詮索は賊を捕まえた後でいくらでもできる。
 漠然とした思考を閉じ、ジェイドは前方の馬車を見つめた。

「辻馬車、街道をそれました。無事のようです」

「師団長! 賊がローテルロー橋を渡り終え、橋に何かを放出しています!」

 部下の報告が終わるよりも先に、ジェイドの目にも賊が橋に『何か』を放出しているのが見えた。日の光を反射して時々キラリと輝くそれは……ジェイドにはただの金属片に見える。ということは、部下たちにも『そう』見えるのだろう。困惑した響きをもつ部下の声に、ジェイドは金属片の正体をさぐる。

 見た通り、ただの金属片であることは、まずあり得ない。

 こちらを怯ませるためのはったり目的であれば別だが、それならばもっと分かりやすい形をした物を放出する。
 賊は逃げ切ることが目的で、自分達は賊を捕らえることが目的。
 こちらは譜業技術の結晶である陸上装甲艦で、あちらは生物である馬を足につかっている。追いかけっこをするのならば、どちらに歩があるか……考えるまでもなかった。
 あちらの『足』は、いつか必ず止まる。
 彼等が逃げ切るためには、こちらの足をとめる必要があった。

 目の前には巨大な橋。
 平原とは違い、橋であれば……

「おやおや。
 橋を落として逃げるつもりですか」

 賊の意図を探り当て、ジェイドは苦笑を浮かべる。
 一見そうは見えない『金属片』に、どのような威力があるのか、少しだけ興味がわいた。






「ぱぁ〜とゲス!」

 の合図に、ウルシーも続いて箱の中身を後方に放出する。ばらまかれた金属片が、日の光を反射してキラキラと輝いた――――――が、それ以上に眩しい笑顔を浮かべる人物がウルシーの横にはいた。

「フォンスロット、起動するよ〜」

 譜術攻撃をするさいに、味方を巻き込まないようマルクトが開発した『味方識別』を応用し、は独自に作り上げた『信号』で投下した金属片のフォンスロットを、離れた位置から開く。
 次に、自身のフォンスロットを開き、音素を体に取り入れた。

「燃えちゃえっ! ファイアボール!!」

 の譜術士としての資質はけっして高くはない。
 どちらかといえば低い。
 それも、落第点といえるレベルに。

 には初級譜術である『ファイアボール』をあつかうのが精一杯だ。が、はそんなことを気にはしない。むしろ、としてはファイアボールだけ使えれば良い。もともと、自らの『花火』を、自らの手で着火したいが為に覚えた譜術だ。

 積極的にファイアボール『だけ』を極めたい。

 の手元に集まった第五音素は、詠唱の完了と共にの手を離れる。
 そのまま普通では考えられないようなスピード―――『遅い』という意味で―――で橋に散らばる金属片に向かってとんだ。

「……あいかわらず、遅いねぇ……」

「そのぶん、長距離を飛ぶでゲスがね」

「いいじゃん!
 誰にも真似できないし!?」

 むしろ、真似したくはない。
 威力が弱く、スピードの遅い譜術など、あたってもさほどダメージは与えられないし、避けるのも簡単だ。
 そのかわり通常よりも長い距離を飛び、うっかり山火事などを引き起こしかねないあたり……性質が悪いといった方が正しい。

「ま、逃げながらの着火には、ちょうどいいかもね……」

 軽くため息を吐き、ノワールはの放った譜術を見守った。