「あ〜、もぉ〜っ!
 しつこい、しつこい〜っ!!」

 激しく揺れる車内で、は叫ぶ……が、叫んだところで事体が解決する訳ではない。

、少しは静かにおし。
 元はといえば、あんたがドジ踏んで、あいつらに見つかったんだから」

 優雅に足をくみ、前の座席に座るノワールに嗜められ、は唇を噛む。
 たしかに、現在自分達が軍隊に追われているのは、が『夜の仕事』でミスをおかしたからだ。

「そーだけどっ!
 ……ごめんなさい」

 『漆黒の翼』という盗賊団は、常に窃盗を行っているわけではない。
 昼間は別の顔をもっており、『暗闇の夢』と呼ばれるオールドラントでは名の知れたサーカス団を営んでいる。その団員たちは全て『訳あり』の人間で、普段はノワールに匿われ、不可侵の地に町を築き、そこで生活をしていた。

 も『訳あり』の1人になる。

 故郷のホド島が消滅したころ、日記を抱きしめながら放浪していたところをノワールに拾われた。
 以来、ノワールの統括する町で育てられる。『暗闇の夢』団員として軽業を身につけ、現在では集客に貢献できる花形にまで上りつめた。

 は最近ようやく身の軽さを買われ、『夜の仕事』に参加する事を許されたばかりだ。
 少しでも役に立ちたいと、はりきりすぎて……今回、見つかってしまった。

 嗜められたは、ノワールの不興を買ったことをマルクト軍のせいにし、後部座席に付けられた窓から後ろを睨むように覗く。
 少しだけ距離があるが、こちらは馬で、あちらは譜業。
 生物を足に使っているぶんだけ、こちらが不利だ。
 馬はいつか疲れ、走ることを止めてしまう。

「ありゃ、マルクト軍第三師団の陸上装甲艦タルタロスでゲスね。
 指揮をとっているのは……」

「死霊使い、か……」

 の横から後ろを覗くウルシーの説明に、ノワールは薄く唇を噛んだ。

「やっかいな相手だねぇ」

「……ジェイド・バルフォア……」

 現在はジェイド・カーティスと名前を変えているはずだったが。
 にとっては、『バルフォア』という名前の方が印象深い。
 カーティスの家に養子として入り、軍で研究をしていたはずだが、研究者としての彼の名前は『バルフォア博士』の方が有名だ。

 バルフォア博士とネイス博士といえば、フォミクリー研究の第一人者――――――その生みの親だ。

 『キムラスカのせいだ』と発表されているホド消滅。それをさせたのは『マルクト』だと、は知っている。
 幼い自分がつづった日記には、純粋な視点でホド消滅の真実があった。
 フォミクリー、博士、同じ顔の複製人間。
 幼い自分にはまったく理解できなかった単語だが、今ならわかる。
 当時、ホド島で『フォミクリー』の研究が行われていた。そこで『博士』と呼ばれる人間が、住民達を実験材料にしていた。幼いも、『同じ顔の複製人間』を見た事がある。
 そんなものを盗み見る機会があったのは、幼馴染みにくっついて研究施設に入り込んでいたからだろう。土地屋敷も親族も失ったが、の家系はマルクトの貴族だ。祖父も軍人としてガルディオス家に仕えていた。

 にとって、『マルクト』はすでに故郷ではない。

 マルクトは家族と故郷を奪った憎むべき仇であり、今の自分の家族は大恩人のノワール、馭者をつとめるヨーク、面倒を見てくれるウルシー。それと、隠された町の住民達だけだ。

 マルクト軍に、手心を加えてやる必要はない。

「……姐様」

 いくぶん抑えられたの声音に、隣のウルシーは背筋を伸ばす。がこういった声を出す時は、何かとんでもない事を言い出す時だけだ。事実、はノワールに向き直り、かわいらしい笑顔を浮かべた。

「やっちゃって、いい?」

 普段は観客を魅了する可憐な微笑みを浮かべながら、は小さな金属片をノワールに示す。金属片……に見えるが、そうではない。

「……好きにおし」

 何を取り出したのかは、聞くまでもない。
 とノワールの付き合いは、実はヨークとウルシーの次に長い。ゆえにの趣味も熟知している。

 曰く、『花火』というものだ。

 本来は別の名前で呼ばれている物だ、ということは仲間の誰もが知っている。

「ただし、ローテルローを渡った後にね。
 せっかくの土産だ。有効に使わないことはないよ」

 目の先の驚異から逃れられるのならば、それで良い。
 を止めるのは無駄に終わることが多いし、そもそも止める気もない。
 一見、砂糖菓子のように可憐な容姿からは想像できないが、の造り出す『花火』の威力は凄まじい。ほとんど趣味の領域で改造を施していくので、たまにこうして発散させてやらなければ……『町』で実験をしかねなくもある。

 ここでそれを発散できるのならば、一石二鳥と云えなくもない。

「あと、すれ違いに辻馬車が走ってくる。
 堅気の人間に迷惑をかけないようにやんな」

 平原でばらまくよりも、渡った後の橋を落として逃げる方が有効的だ。
 タルタロスは追ってくれなくなるし、町に入ってしまった方が自分たちは逃げやすい。

「りょーかい!」

 ノワールの色好い了承に、は笑顔を輝かせて『気を付けなければいけない辻馬車』を見る。
 としては『すれ違えば、『花火』投下の合図』といった所だろうか。
 中に誰がのっていようとも、には関係がない。

 視線を後方のタルタロスに戻そうと振り返る瞬間。



 辻馬車の窓に張り付いている赤毛と、その奥に黒髪が見えた。



「ウルシーおじさま、手伝って」

 辻馬車がタルタロスを避けるために街道をはずれたのを確認してから、チェリーは車内に付けられた戸棚を示す。

「はいでゲス」

 ウルシーが背伸びをし、戸棚を開けると小さな箱が3つしまわれていた。
 その1つを取り出すウルシーの横で、は隠し持っていた分の『花火』を車外の投げる。

「……うん?
 ……いつのまに、その戸棚に『花火』を仕込んだんだい?」

「え? だって、昔から云うっしょ?
 『備えあれば嬉しいな〜』って」

 計3箱ある『花火』をいつのまにか積み込んだに呆れつつ、ノワールは苦笑を浮かべた。ウルシーもの横で、似たような表情を浮かべている。
 の『花火』好きにも困ったものだ。……そう思うが、嬉しくもある。
 自分たちが拾ったばかりのは、ホド消滅のショックからか、感情らしい感情がなかった。
 いつもぼんやりと日記を抱きしめていた少女が、今はいきいきと『花火』をいじっているのだ。

 その『花火』が『爆薬』という名前であっても、ノワール達に取り上げることはできない。

「ぱぁ〜っといこぉ!!」

 ウルシーが戸棚から出した爆薬を、はこの上ない極上の笑顔を浮かべて、ローテルロー橋に放り投げた。