ティアの為に水を用意した後、は窓の外に視線を移した。
 目覚めて早々他の乗客に凝視され、多少戸惑いはしたが。
 ティアが目覚めてくれたことはありがたい。
 それだけで安心できた。

 緩やかに景色をかえる窓を眺め、はホッと息を吐く。







(……昨夜は気づかなかったけど)

 コップを口に運びながら、ティアはの横顔を盗み見る。
 を見ているのは、ティアだけではない。
 が居心地悪く感じた親子の他に、目覚めた乗客達は露骨にではないが、ちらちらとを覗き見ていた。

(本物、なのかしら?)

 明るい陽光の下で見るの髪は黒い。
 夕闇から移る、完全な夜の時間。月明かりの下で見ていた時は『夜だから、そう見えるのだろう』と、気にならなかったが……多少薄暗い室内とはいえ、日が登った時間にまで『そう見える』ということは、真実『そう』なのだろう。

 の髪は、黒い。

 萌ゆる緑の黒髪。
 それと同じ漆黒の瞳。

 が好奇の視線を受けるのは、その持ち合わせた色のためだ。

 そして、それについてはまるで気が付いていない。
 そうされる理由についても、記憶から失われてしまったのだろう。
 の記憶の有無はともかく。
 本人の意志も関係なく。

 一度、をローレライ教団本部につれていく必要がある。







「あんた達は、外にでないのかい?」

 馬の休憩の為に馬車をとめた馭者が、外の空気を吸いに出てこない達に気を使い、扉を開いて話し掛けてくる。
 他の乗客達は、みな馬車を降り、足を伸ばしたり、肩をまわしたりと凝った体をほぐしていた。人間を運ぶための馬車とはいえ、長時間座り続けることは苦痛でもある。も外に出て、体を伸ばしたかったのだが……ティアに止められた。

「連れがまだ目を覚まさないの。
 ちょっと目の離せない人だから、私達はここでけっこうです」

「そうかい?」

 馬車が少し大きく揺れても、停車しても、ルークはいまだに起きる気配を見せない。
 柔らかい豪華なベッドでしか寝た事はないはずなのに、ルークの神経は意外と図太いらしい。
 無防備な寝顔を晒すルークを覗き込み、確かに素材は良い。とは1人納得した。

「それじゃ、これは朝飯だ」

「え?」

「あんたたちは後から乗ったから、食料が準備してないんだ。
 ありあわせで悪いんだが……次の町で食料を調達したら、あんたらの分もちゃんとした物にするよ」

 馭者はティアに皿を手渡す。
 いったい何が皿にのっているのか、とが覗き込もうとすると、ティアが皿を隠した。

「?」

 ティアからすれば、『を』馭者から隠したのだが。

「ありがとう。
 食事付きだったのね……」

「俺が運ぶのは『生きた人間』だからな。
 これが荷物専門や格安の辻馬車だったら、こうはいかないさ」

「運が良かったね」と続けて、馭者は扉をしめた。






「……美味しい」

「そうね、お腹は膨れるわ」

「ティア?」

「あ、いえ……美味しいわ」

 はティアの態度を不審に思いながらも、皿にもられた乾燥パンとチーズを口に運び、後から運ばれてきたホットミルクでそれを流しこんだ。
 よくよく考えれば、オールドラントで初めての『食事』になる。
 昨夜は渓谷を抜けることだけを考えていたため、夕食をとってはいなかった。

「ティアもちゃんと食べないと。
 昨日から何も食べてなかったでしょ?」

「食べているわ」

「ティア?」

 なんだか様子が変だけど? とが首をかしげると、ティアは『なんでもない』と首を振った。

「ティア、わたしの事でも、ルークの事でも、考えすぎは良くないよ?」

 とくに、の『記憶喪失』のことであれば、ティアに非はないのだから。

「ちゃんと食べないと、いざって時に力がでないし……
 あ、ルークの分も食べちゃう?
 女の子2人が起きてるのに、寝坊したほうが悪い、ってことで」

 おどけた口調でルークの分の皿を差し出すに、ティアは苦笑を浮かべる。
 どうやら、は本当に自分の持つ色について関心がないらしい。
 ティアが馭者の目からを隠した事を、は気が付いていない。
 それどころか、これからダアトまでを無傷で連れていかなければ、と気を引き締めていたティアを、別の理由で落ち込んでいるのだろう、と励ましてくれていた。

「……

「うん?」

のことは、絶対に私が守るから……」

 差し出された皿の縁を掴み、ティアはの漆黒の瞳を見つめる。
 その決意に溢れた青い瞳に、は背筋を伸ばした。

「???」

「とりあえず、ルークの分は食べてしまいしょう」

 首をかしげるに、ティアは目覚めて最初の微笑みを浮かべた。