車輪のうみだす振動に、の意識は緩やかに覚醒に向かう。
 最初こそは振動が気になり、乗り心地が良いとは思えなかったが……一晩あければ、すでに体の方が振動になれてしまった。決して豪華な内装ではなかったが、人間をのせるための辻馬車は座席にも気を使っているらしい。柔らかいクッションが揺れの衝撃をしっかりと緩和してくれていた。

「……?」

 不意に感じた気配に、は眉をよせる。
 気配の方も、の目が覚めたことがわかったのだろう。
 から距離をとるため、近くで何かが動くのがわかった。

「……なに?」

 ゆっくりと目を開く。
 目の前には、車内に固定されたテーブルがひとつ。

 では、今の気配はなんだったのだろうか? と視線を少しあげると……テーブルの向こうで、小さな男の子がの顔を凝視していた。

「……?」

 覚醒したばかりのぼんやりとした意識で、は男の子を見つめかえす。
 見覚えのない子どもだ。
 おそらくは、辻馬車に乗り合わせた他の乗客。
 昨夜は遅かったので、ほとんどの乗客が眠っていたが、達3人の他に先客が5人いた。達が乗る事になったのは偶然とはいえ、馭者も座席がうまった、と喜んでいたのを覚えている。

 ぼんやりとしたに安心したのか、身を乗り出しての顔を覗き込むことを再開しようとする男の子を、その母親らしき女性が座席に引き戻す。

「あの、何か……?」

「い、いいえ!? すみません。うちの子が……」

「?」

 母親は姿勢を正して子どもを押さえ込み、人形のように規則正しく首を横に振った。
 変だな、とは思ったが、それについては言及せずに、は窓の外に視線を移す――――――と、今度は母親の方の視線を感じた。

「……。
 ……あの、本当に……なんですか?」

「い……いえっ」

「???」

 他人の顔を凝視するくせに、そのことについて説明を求めても答える気はないらしい。
 なんとも失礼な話だ。
 ティアが目覚めるまでの時間、窓の外でも眺めていようかと思ったが、そんな気分ではなくなってしまった。
 は小さくため息をもらすと、の肩に頭をのせたまま眠りの中にあるティアに視線を移す。

(……こうしてみると、寝顔はちゃんと16才……かも)

 しっかりしているので、つい年上のようにも錯覚してしまうが。
 寝顔は意外にも幼い。
 白い頬と、女性らしいふっくらとした唇。
 そこに、紅はまださされていない。エンディングからエピローグまでの2年におこる、ティアの変化だ。おそらくは、その『変化』を与えた少年が『ルーク』。二人は昨日出逢ったばかりで、まだまだ険悪な雰囲気をまとっていた。

 顔を隠すように伸ばされた前髪に、ティアの長い睫毛が触れている。
 肩から流れる亜麻色の髪をおって視線を落とせば、ティアの豊かな胸に目がいった。

(……こっちは、絶対16才じゃない)

 しっかりとした存在を誇示するティアの胸は、同性であっても目がいってしまうだろう。
 数字は解らないが、年上であるよりも大きい。とはいえ、こういった『成長』に年齢はあまり関係ないが。

「……んぅ?」

 の気配に気が付いたのか、ティアはゆっくりと目を開いた。







「……?」

 ぱちぱちっと瞬いてから、ティアが少しだけ間の抜けた声でに問う。

「はい?」

 ゲームではけっして見れない寝起きティアの幼い口調に、は内心で『可愛いなぁ』と思いながら微笑む。

「目が覚めたなら、水でも飲む?
 たしか、寝起きに水を飲むのは健康にいいって聞いた事あるけど」

 いいながらは水差しに手を伸ばす。
 乗客用に用意されたコップをティアの前に置き、そこに水を注いだ。