辻馬車にはルークが一番最初に乗り込み、その横にサクラが座る。
 馬車に乗るためのガルドを工面したティアは、一番最後に乗りこんだ。

「……ティア」

「……?」

 馬車に乗り込んで早々高いびきをかきはじめたルークに気を使い、少し声のトーンを落としてサクラはティアに話し掛けた。
 ティアは少し元気がない。
 サクラの呼び掛けに、ティアは顔だけを向けて答えた。

「あのペンダント、大切な物だったんじゃ……ないの?」

 馭者に渡す時、ティアは何も云わなかったが……あのペンダントはティアの母親の形見のはずだ。『終盤のサブイベント』でルークがティアに買い戻す時に、そう云っていた。

「……いいのよ。
 ルークとサクラを私闘に巻き込んでしまったのは、私の落ち度なんだから。
 きっと、母も許してくれるわ」

 サクラ同様、声を落としたティアが俯きながら答える。ティアの場合は、ルークに気を使ってではなく、本当に落ち込んでいるのだ。顔は無表情を装っているが、青い瞳は悲し気に揺れている。

「……お母さんの物、だったの?」

「私が持っている、唯一の形見の品だった。
 私が生まれてすぐに母が亡くなったから、私は兄に育てられたの。
 その兄が、私が正式な神託の盾兵になった時に、お祝にくれたものよ」

「それって……とても大切な物なんじゃ……」

「いいの」

「いいのよ」と繰り返し、ティアは強く拳を握りしめる。
 まるで、それ以上ペンダントの話題には触れるな、と拒絶するように。








「……サクラ」

「え?」

 しばしの沈黙の後、馬車の中を観察していたサクラに、今度はティアが話し掛けてきた。

「……あなたの記憶が戻るまで、あなたのことは私が責任を持つから……
 安心して、眠っていいのよ?」

 ルークと同じだけの距離を歩いたのにもかかわらず、馬車に揺られて1時間。眠ろうとしないサクラに、ティアが今度は気を利かせたのだろう。
 睡眠を取りなさい、と誘ってくれていた。

「……いろいろな事があって、なんだか眠れないの」

 これは嘘ではない。
 『本物の』ルークとティアに逢い、一緒にタタル渓谷を歩いた。
 ゲームではたった数回の画面切り替えだったが、やはり自分の足で歩くのは違う。1分もかからなかった渓谷の移動に、4時間はかかった。

「ティアこそ、魔物と戦ったりして疲れているでしょう?
 眠ってくれて、大丈夫ですよ。
 それに、辻馬車っていうのはある程度の安心をお金で買っているんでしょう?
 みんなで寝ても、大丈夫……じゃないの?」

 サクラに辻馬車で魔物の徘徊する世界を旅した経験はなかったが。
 それぐらいは解る。
 だからこそ、多少値が張る移動手段であっても、旅人達は辻馬車を利用するのだ。

「盗賊に襲われることや、大形の魔物に襲われることは有るかもしれないけど、
 確かに徒歩や野宿にくれべたら安全な旅よ。
 ……そうね、サクラが眠るのなら、私も眠る事にするわ」

 馬車に乗り込むさい、馭者に渡された毛布を広げ、ティアは毛布をサクラの膝にのせる。それをサクラは自分の肩にのせ、座席と背中の間に毛布の裾を挟みこみ、ずり落ちないよう固定した。

「じゃあ、わたしも寝るから。
 ティアもちゃんと睡眠をとること」

「ええ」

 サクラの答えに、ティアは柔らかく微笑む。
 毛布を共有しているため、自然にティアと肩を寄せあい、サクラは目を閉じる。
 サクラが目を閉じるのを確認してから、ティアも同じように毛布を固定し、瞼を閉じた。