「あ、これかも?」

 わざとらしく大きな声を出し、は鞄に入っていた手帳をティアに示す。
 自分の持ち物の中に、何か出自を知る物がないかと……ティアに勧められて始めたことだったが、上手くいきそうだ。
 これならば、呼ばれ慣れない新しい名前をティア達に付けられる事なく、本当の自分の名前を呼んでもらえる。
 自分の持っていた杖とルークの木刀を探すために、ティアはに背中を向けていた。そのティアに見つからないよう、意外に丈の長いセレニアの花と夜の帳に隠れ、は攻略本を元にフォニック文字で自分の名前を手帳につづる。アルファベットと対応したフォニック文字でつづられた『』の文字は、お世辞にも綺麗とはいえなかったが、今は気にしない。それはこれから慣れていけば良い。

「手帳に、『』って書いてありました。
 たぶんこれが……わたしの名前だと思います」

 書いてあったも何も、今、がティアから隠れて書いたのだが。
 たぶんではなく、確実にそれがの名前だったのだが。

 わざとらしい声であったが、ティアは素直にの言葉を喜んだ。
 見つけだした自分の杖を片手に、名前のつづられた手帳を確認するため、の元に歩み寄る。

「……『』、ね。
 違和感はない? 『』でいいのかしら?」

「ええ。なんだか『これ以上ない』ってぐらい、『』な気がします」

「そう。良かったわ……」

 ほっと胸を撫で下ろすティアに、は鞄に手帳をしまいながら微笑む。
 花に隠れながら文字を書くために座っていたが、はようやく腰をあげる。思えば、ティアを起こす少し前から、地面に座ったままだった。下草は柔らかかったが、やはり足をのばせるのは気持ちが良い。

「あとは……ルーク……さんが起きるのと、木刀……でしたよね?」

「ええ、ルークが起きたら出発しましょう。
 夜の森は危険だわ。
 移動するのも、夜を明かすのも、ね」

 再び木刀捜索に戻るティアにならい、も木刀を探す。
 文字を書くためにの姿を隠してくれたセレニアの花は、逆に物を探すことにはむいていない。しっかりとルークの木刀を隠し、とティアの邪魔をしていた。






「……うっ」

 微かに聞こえたうめき声に、とティアは木刀捜索の手を止めて、声の聞こえた方向……ルークに視線を移した。
 月明かりの下、距離も離れているので姿をはっきりと捕らえることが出来なかったが、ルークは左手を額にあてて軽く頭を振っている。

「ルーク! 気が付いたのね……っ」

 良かった、とルークに駆け寄るティアが、何かに躓く。

「きゃっ!?」

と、前のめりに―――ルークの上に―――倒れるティア。腹部に不意の衝撃を受けたルークは、カエルを踏みつぶしたような情けない悲鳴をあげ、再び昏倒した。

「ぐぇっ!?」

「え?
 ええっ!?
 ルーク? ルークっ!?」

 ルークの悲鳴に、ティアはすぐに身を起こすが、ルークはすでに目を回している。
 せっかく意識を取り戻した『被害者』を、自己の不注意で再び『沈めた』ティアは、あわててルークの肩を掴む。それから細い腕のどこにそんな力があったのか、ガクガクとルークの肩を揺すった。

「……ティア、さん?
 たしか、頭を強く打った人って、安静にしておかないといけなかった気がするんだけど……?」

「あっ……」

 の注意に、ティアは反射的にルークの肩から手を離す。
 勢い良く振られていたルークは支えを失い、地面に強く頭を打ち付けた。

「〜〜〜っ!!?」

「落ち着いて、ティアさん。
 今の衝撃なら、頭にコブができる程度だと思うから……」

 むろん、『倒れた場所に石があった』などの要素により、頭を強く打てば人は死ぬこともあるのだが。
 あえてそこには触れず、は続ける。

「それに、一瞬だったし、ルークさんも覚えてない……かも?」

 適当な事をいいながら、はティアが躓いた物の正体を確認する。
 この辺りだったか、と見当を付けて探れば……何か堅いものがの指に触れた。

「あ、これ……木刀?」

 拾いあげた長い棒を月光にかざし、確認。
 剣の形を模した木の棒は、貴族の子息が趣味で使う物としては意外にも使い込まれているのがわかる。あちこちに小さな傷があり、修繕された跡も見て取れた。

 そういえば。

(剣の修行が唯一の趣味だって、云ってた気がする……)

 序盤のルークの素行の悪さに、細かい『イベント』の内容は覚えていないが。

 拾いあげた木刀を持ち、はルークのそばに移動する。
 ルークが変な所を打ちつけていないか、とチェックしていたティアは、の接近にほっと息をはいた。

「とりあえず、証拠隠滅……しておいたら、どう?」

「しょ、しょうこいんめつ?」

「コブが出来ているなら、治す……とか?」

 テイルズ名物の回復魔法―――オールドラントでは譜術―――『ファーストエイド』で。

「え? あ、そうね……」

 回復担当を担うはずのティアは、ようやく自分が回復譜術を扱える事を思い出したらしい。
 すぐにルークに向き直ると、呪文の詠唱は始めた。