さて、どう答えたものか。

 再度の質問に、は首を傾げて苦笑を浮かべた。
 が、いつまでもこのような誤魔化しは通じない。先に進めないし、同行を認めさせることもできない。

「……あなたは、誰ですか?」

 返事に窮し、は考える時間を稼ぐためにティアの名前を問う。
『キャラクター』としてのティア・グランツをは知っているが、一応初対面である自分が、今これを聞いても不自然ではないはずだ。現に、ティアもの名前を聞いているのだから。

「ああ、そうだったわね。
 私はティア、ティア・グランツ。
 ローレライ教団神託の盾騎士団所属の響長よ」

 不安げに眉を寄せるを安心させるように、ティアは小さく微笑みを浮かべると、姿勢を正した。

「それで、あなたは?」

 質問を返すことでが稼いだわずかな時間に終止符を打ち、ティアは質問を繰り返す。
 自分は正直に名乗ったのだ。も正直に答えるだろう、と信じて。

「……さ、さあ?」

 結局、ティアが納得しそうな嘘も思い浮かばず、は曖昧に笑う。

「さあ……って。
 ふざけているの?」

 むっと眉を寄せたティアの声に、剣呑さが混ざる。
 それを察知したの微笑みは、乾いたものにかわった。

「え……っと。ティア……さん? は、わたしを知らない……の?」

 もちろん、ティアがを知っているはずはないのだが。

「え?」

 困惑したの不思議な問いに、ティアは目を丸くして驚いていた。

「一緒にいたから、わたしを知っている人なのかな? って……目を覚ますの、待っていたのだけど……
 わたしとティア……さんは、知り合いじゃいの?」

 当然、とティアは知り合いではない。
 が『ゲームを通じて』、一方的にティアを知っているだけで。

「あなた……名前は?」

「……さあ? それは、わたしも知りたい」

 嘘だ。
 は自分の名前を知っている。
 ただ、『記憶喪失』ということにしておくのならば、『名前だけを覚えている』のはおかしい……そもそも、どこまで『記憶喪失』を演じればいいのだろうか。ルークは歩き方まで忘れていた事になっていたが、ガイは家族が殺された一瞬の記憶だけを失っていた。記憶喪失にもいろいろケースがあるらしい。

 言葉を探しながら答えるに、ティアは『良い具合』に思考を巡らせてくれたらしい。心配げに寄せられた眉に、剣呑さを含んだ声も和らぐ。

「とりあえず、私はあなたを知らないわ。
 あなた、知っていることは?」

「気が付いたら、この場所に寝ていて、ティアさんと……そっちの子が一緒にいた……の?」

 これは嘘ではない。
 の言葉に、ティアははじめてルークを見下ろした。

「……この人、たしか……ファブレ家の……ルーク・フォン・ファブレ!
 え? どうして、こんな所に……って、今はいいの。置いておいて……」

 兄の暗殺に巻き込んでしまった少年の姿に青ざめ、すぐにティアはの顔を見る。
 恐る恐る……といった風体に、は首を傾げた。

「取り乱してしまって、ごめんなさい。
 あなたの話を続けてくれるかしら?」

 むしろ、ルークに集中しての不自然さを忘れてくれても構わないのだが。
 ティアに促され、は言葉を探しながら答える。

 嘘というものは、すぐにばれてしまう。だからこそ、できるだけ『嘘』はつかずに。
 思い込みというものは恐ろしい。目の前の真実ですらも、目隠しをしてしまうほどに。

 は可能なかぎり嘘をつかないよう、言葉を選ぶ。

「……何故ここにいるのか、わからない。
 自分の名前も、帰る場所もわからない……から、一緒にいたあなた達なら、知っているかな?
 って、目覚めるのを待っていたの。
 本当に、わたしのこと……知らないの?」

 知っているはずはないのだが。
 は叩き込むように―――あくまで弱者を装って―――ティアに聞き返した。





  

さんは策士。