響け……

ローレライの意志よ届け……

開くのだ!













 あの瞬間、心がふるえた。
 聞き覚えのない声。
 けれど、血に刻まれた声。

 あの声に導かれ、自分は意識を手放した。

「……の。
 ……ろ……そろ、起き……て」

 軽く頬を叩かれる指の感触。
 ふわりと頬に髪が触れた……指の持ち主のものだろう。優しい香りのする髪に、頬を叩く人物の動く気配を感じ、すぐに頬をくすぐる髪の感触が消えた。

「そろそろ、起きてくれませんか……?」

 柔らかい声音に請われ、ティアは瞼を開こうとするが……気怠い。訓練の後のような心地よい疲労ではなく、はっきりと体が重い。これも、あの声のせいだろうか? と思ったが、そんなことは後回しで良い。仮にも軍事訓練を受けた自分が、他者の接近をここまで許してしまったことが信じられない。
 それも、聞き覚えのない声だ。
 声から察するに……女性。
 年齢は、まだ若い。
 少しだけ落ちつきを持った声音は、けれど決して低くはない。頬を叩く相手は、中年には至っていないが、自分よりは年上だろう。
 そう推測を働かせて、ティアは重い瞼を開く。

「……だれ?」

 推測通り、見覚えのない顔。
 耳からこぼれ落ちる髪を軽く押え、星空と月を背景にティアを覗き込んでいる女性は、一瞬だけ困惑気味に眉を寄せ、それからすぐに微笑んだ。






 開口一番『誰?』と聞かれ、は一瞬口を閉ざす。
 ティアの反応は、ある意味では至極真っ当な返答だろう。
 自分の顔を覗き込んでいる知らない人間に対する物としては。
 けれど、としては少々対応に困ってしまう。
 『記憶喪失』ということにして置こう。と、とりあえずの方針を決めはしたが……あまり嘘はつきたくない。
 そこで、最初の問題につきあたった。
 『記憶喪失』の人間が、都合良く自分の名前など覚えているものだろうか?
 には『記憶喪失』になった経験がないので、当然わからない。
 目の前……むしろ、足下で寝ている少年は『記憶喪失』の事例そのままであるのだが、彼の場合、厳密には記憶喪失ではない。もともと『喪失』すべき『記憶』がなかっただけだ。

 が誰何に対する返答に困っている間に、ティアは数回瞬き、状況を理解しはじめているらしい。ゆっくりと体を起こすと、辺りを見渡した。

「……ここは、どこかしら?」

 小首をかしげるティアに、『記憶喪失』を決め込んだは答えることが出来ず、見て取れる情報のみをあげる。

「さ、さあ?
 海が見える、けど……ここには花が咲いていて、あっちは……」

は背後の森を示し、ティアの視線を誘導する。

「森、みたい……です」

「……海近くの森……」

 唇に指を当て、ティアは考える。が、答えはでてこない。
 そもそも『海』は世界の大部分を占めるものであり、その近くにある『森』という条件になると、それこそ数えきれないほど出てくる。自分達の現在地を知るためには、『海』と『森』だけでは明らかに情報が足りない。逆に言えば情報さえ揃えば、現在地を把握することもできるのだが。

「それで、あなたは?」

 森へ向けていた視線を目の前の女性に戻し、ティアは再度同じ質問を口にする。
 それに対し、女性は困ったように眉を寄せて首をかしげた。