【アザヤカナセカイ】




「琉夜、お願いだから我慢をして?」
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ!!! なんで鬼が俺以外のヒトと床を共にしなきゃいけないンだよっ!!」
 これで何度目になるだろう。鬼との押し問答。 優しく言い宥めようとしてくる鬼から逃げるようにして、洞窟の奥に走りこんだ。
 夏場でも、森の、しかもこんな奥深くはちょっと涼しい。鬼が追いかけてこないことを確かめ、俺はその場に座り込んだ。
 初めて此処に来た時には、布団2式と衣類が何枚かしかなかった洞窟。 8年掛けて荷物を増やしたおかげで、今ではランプや食器など生活に必要最小限のモノは揃っている。 鬼が着ている服も、初めて会った時のぼろぼろな格好と違い『鬼神様』を祭るようにして作られた煌びやかな形で、綺麗な鬼にはとても似合っているけど。
「鬼神様なんて言われ始めたから悪いンだ……」
 思わず呟けば、ランプを点けてない薄暗い洞窟の中に小さく響いた。

 そう、鬼神様。

 あんなにも鬼を忌み嫌っていた村人が、最近はこんな風に鬼を呼んでいる。
 鬼がそう呼ばれ始めた理由は幾つもあるが、きっかけとなったのは多分5年前の事件だろう。
 5年前、俺が15の時。祭司である祖父の使いで都にまで出掛け、其処で流行り病を貰ってしまったのだ。 其の病気は感染し発病するまでに1ヵ月ほどの間が空く。それ故に俺は、自分が病に掛かったと知らずに村に帰ってきてしまい、其の後で発病した。 都の病と呼ばれるソレに、つまり白谷村には治療の為の薬がなく。村人への感染を怖れ、俺は屋敷の離れに閉じ込められる形となった。
 下がることのない高熱。それから全身に湿疹が出て、三月内に死にいたる。
 死にたくなかった。怖かった。でもそれ以上に、鬼に会いたいと願った。
 俺が会いに行かなければ、あの優しくて淋しい鬼は、自分が『嫌われた』と勝手なコトを思ってしまうだろうから。 せめて、会いにいけない理由を……もしかすれば、もう二度と一緒に遊ぶことが出来なくなるかもしれないコトを伝えたくて。
 発病して1ヵ月が過ぎた頃、俺は屋敷を抜け出して鬼に会いに行くことを決めた。
 昼間は村人が屋敷の周りを歩いているし、誰かに感染しても困る。 俺は誰しもが寝静まる深夜を待ち、熱のせいでいうことをきかない身体を引き摺るようにして屋敷を抜け出し山に入り。
『……琉夜、どうしたの!?』
『なんで、此処に……?』
 山の入口とも言っていいような場所で、鬼と出合った。この辺には村人も入ってくるので、鬼は出来るだけ近づかないようにしていた筈なのに。
『あ、ごめん……』
『ごめんって、なにが?』
『僕、琉夜に会えなかったから……せめて元気な姿だけでも見たくて……』
 しどろもどろと答えてくれる鬼。俺の予想通り、鬼は『俺が鬼を嫌いになって会いに行かなくなった』と思ったようだ。 それで、せめて俺の顔を見たくて山を降りてきたけれど、さすがに村には入れず此処に居た……ということらしい。
 可愛い鬼。だから俺は其の誤解を解くために、病に掛かったことを告げた。まぁ顔や腕にも湿疹が出ている以上、見れば直ぐに判るだろうけど。
『……良かった』
 全部を話し終えた頃、鬼が嬉しそうに呟いた。
『コラ。俺が死に掛けているってのに、なんで良かった、なんだよ』
 屋敷に居た時には熱でふらふらしていたのに、鬼に会ってからは何故か頭が冴えてきて。 おかしいとは思ったけど、単純に鬼に会えた嬉しさで気分的に良くなったのかと解釈していたのだけど。ソレはどうやら違うらしく。
『ごめんごめん。そういう意味じゃなかったんだけど……。琉夜、ちょっと口貸して?』
 言うが早いか、まるでなんてことないように俺の唇に鬼の唇を重ねてきた。
 は!? って感じだったけど、でも、鬼の唇が冷たくて心地良くて。俺は呆然と立ち尽くして。其の内に体中にあった湿疹が消えていることに気がついた。 熱でぼうっとしていた頭もやけにすっきりして。……別の意味でくらくらしてきてはいたけど。
『……もう大丈夫?』
 どれくらいだろう。結構長い時間だったと思う。鬼の顔がそっと離れて、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。綺麗な顔。 今までも綺麗だって知ってたけど、なんか、恥しくて。
『だ、いじょうぶ。……鬼、ヒトの病気とか治せるのか?』
 ちょっとだけ顔を反らして尋ねれば、鬼が『僕には悪いモノを飲み込む力があるんだって』と教えてくれた。そして飲み込んだからと言って、鬼が病気に掛かるわけでもないらしい。 鬼自身も、遙昔に仲の良かった人間に教えてもらったとか。……その人間と鬼がどんな関係だったのかまでは、聞かなかったけど。
 取り合えず俺は鬼のお陰で病気が治り、翌日医者をしている父親に其の話をして……屋敷を抜け出したことについてはこっぴどく叱られたけれど……鬼にそんな力が在ることが村中に知れ渡った。
 さすがに『鬼に病気を治して貰おう』と言い出す輩は出なかったけれど、鬼への認識が少しだけ代わったことを俺は感じていた。 特に俺の母親なんかは判りやすくて、其れまでは 『鬼に会いに行くなんて』と俺が山に入るたびに止めようとしていたのに、それ以後は鬼に会いに行こうとすると『感謝の印に』と土産をくれるようになった。

 其れが、鬼が『鬼神様』と呼ばれるようになったきっかけ。

 鬼が起した奇跡は、他にも沢山ある。
 病を治してくれた翌年。『雨が来なくて田んぼが枯れてしまう』という俺の愚痴を聞いて、鬼が『なら雨雲を呼ぼう』と言った。無理だろうと笑った俺に、鬼はなんてことないように村に雨を降らせた。 『大雪の季節だから会いに来れなくなる』と言った時には、『雪を溶かしちゃ駄目?』なんて聞いてきて。冗談半分で『良いよ』と答えてしまった俺は、お陰で【夜には雪が舞う気温なのに、朝になると一気に気温があがり雪が溶ける】という異常気象を呼び起こしたと祖父に叱られてしまったものだ。

『鬼とはもしや、白谷村を守る神様ではないか?』
 言い出したのは、一体誰だっただろうか。多分、村人の小さな呟き。
『20年に一度の生贄は、実は鬼神様に村を守っていただくための供物だったのではないか』
 其の呟きは、鬼の奇跡を何度も見てきた村人達の中に、一気に広がった。祭司である祖父は其れを否定し、鬼は凶暴で怖ろしき鬼でしかないのだと公言したが、では何故祭司の孫である俺が鬼に会いに行っても傷壱つ負うことなく帰ってくるのかと問われ、口を閉ざすしかなかった。
 俺の病を治したときから、両親は鬼を好意的に見るようになっていた。それに加えて村人も、鬼に敬意を示すようになってきていた。それゆえに祖父は、俺に祖父の決めた婚約者と結婚するように言い、俺は其の命令を無視して鬼の元に行った。祖父は激怒し、村人の中でも祖父を支持し崇拝している数名を連れて鬼の討伐を企てようとしたが。

『琉夜を傷つけるのは、僕が許さないよ』

 松明を掲げ、山に入ってきた祖父達。今までは【怖ろしい鬼】と考えられていたから討伐なんてコトにはならなかった。だが実際、屈強な体格を持つ男達が山に入ってくれば、此の綺麗な鬼は簡単に囚われてしまうのではないか?
 頭の中を過ぎった不安。怯えた俺に、鬼は『嫌がる俺を連れ戻しに来た』と勘違いしたらしい。今まで見たこともないような冷たい目でそう言い放ち、言葉通り祖父達を手振り一つで追い払って見せた。




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 ★後書き★  【鬼の花。の其の後のお話】
 31000HITを踏んでくださったringo様からリクエスト頂きましたv
 まさか此処でリクを頂けると思っていなかったので、結構ホンキで驚いてしまいましたが(笑
 僕自身、いつかは書きたいと考えていたので、リクして頂けた事が凄く嬉しかったです。
 しかして何故か壱話で終われずにコンナ状態で投稿。
 早めに弐話目……というか完結させますので、待っていてくださると嬉しいですv
 ringo様、リク有難うございました!!   07/8/19 端宮創哉