瞼の裏側に差し込んでくる朝日に、俺は目を覚ました。何時の間に眠っていたのだろう。 まだ眠いと訴える瞼をどうにか押し上げると、すぐ目の前に綺麗な顔があった。
「っ!!」
 思わず飛び起きて、後づさる。
 えっと、なんで俺、鬼と同じ布団で寝てるんだ?  布団は二組敷いたのに、起きてみれば二人で一つの布団を使っていたらしいことが発覚。
「……あれ……? もう朝……?」
 俺の動いた気配を感じたのか、鬼が目を擦りながら起きた。上半身だけを起こして、にっこりと微笑む。
「おはよう。人と一緒に寝るって温かいんだね、思わず寝過ごしちゃったな」
 と言って、朝日が差し込んでくる洞窟の入口の方を見る。
「えっと……何で同じ布団で寝てたんだっけ……?」
 昨晩の記憶が途中までしかない俺は、取り敢えず鬼に聞いてみた。 鬼はエ? という顔をして、
「琉夜が寒いからくっついて寝ようって言ったんでしょう?」
 少しだけ頬を赤らめて、嬉しそうに笑った。

 そういえば、そんな記憶があるような。鬼に言われてやっと思い出した。
 昨晩、あまりに寂しそうな表情を見せた鬼を。 それを見て、何故か鬼の布団に潜り込んでしまった自分のことを。
 鬼は自分以外の体温を感じて眠ったことが初めてらしく、恥ずかしそうに『ありがとう』と言った。
 どうして一緒の布団で眠ることが『ありがとう』になるかは判らないけど。 いや? きっとこの鬼ならば、側に居るだけでも『ありがとう』の対照となるのだろう。 そう思ってしまう程に、鬼は自分が嫌われていることを知っているから。


***


「ここで、良いよ」
 洞窟から村へと帰る道の途中。 どうしても送って行きたいと聞かない鬼とともに、歩くこと3時間。
 十日前は重かった荷物は、食べ物や水がなくなった分だけ軽く。 なのに、胸の辺りがやけに重くて。 少しでも俺と話をしたいのか、他愛も無い話を延々と続ける鬼といることが辛くて、未だ村も見えて来ないというのに、立ち止まり言った。

「え、あ、うん……」
 気を抜いたら言ってはイケナイコトを口走りそうで。 少しトーンを落とした口調を、鬼は『拒絶』として受け取ったのかもしれない。
 返答なんて殆どしなかった俺に、それでも楽しそうに話していた鬼の表情が、一気に曇った。
「これ以上行くと、鬼も帰るの大変だろうしさっ」
 慌てて弁解しようとするが、鬼の表情は変わらず。 それでもどうにか笑顔を作って見せて、小さな声で『ゴメンね』と言った。 何がどう『ごめん』なのか。そんなコトはもう考えなくたって判るけど。
 そのたった一言に。
 鬼の顔が、急に滲んで見えた。悲しそうな笑顔を見せていた鬼が、滲んで見えた。
 バカで優しくて可愛くて綺麗な鬼は、いつもいつも寂しくて傷ついて。
 俺の目から溢れ出した水滴が、それ以上流れ出さないように力を入れる。 そのせいで鬼の表情は見えない。
 言ってしまいたい。
『お前に渡した芽は、花が咲かない品種なんだ』
 そして罵倒してくれればいい。村の人間を、うそつきな俺を。
 鬼が、謝る必要なんて………………………………………………

「ごめんね」

 少しの間、静かに俺の顔を見ていた鬼が、小さな声でまたそう言った。
 自分の意志なんて無視して零れ落ちそうな水滴を、乱暴に袖で拭って鬼の顔を見る。
 すると鬼が、ポケットから何かを差し出した。それは、緑色の一本の芽。其処ら辺にも生えていそうな芽。 でも、それは。鬼が俺に見せているその芽は、まぎれもなく『花が咲かない芽』で。
「なん……で」
 掠れた声が出た。 鬼がそっと俺の手を取り、その芽を握らせる。
「芽を受け取ってから少し経った日にね、一度枯れかかったことがあったんだ。 理由は判らないんだけど、慌てちゃってさ。村に降りて、元気にさせる方法を聞こうとしたことがあったんだ」
 作り笑顔なのか。本当の笑顔なのか。 判らないけど、鬼は凄く綺麗な顔で、ポツリポツリと話していく。
「その時に、小さな子供に会ってね。『花が咲かないってバレて、村を壊しに来たんだっ』って、泣きながら逃げられたんだ。  僕もびっくりして思わず隠れちゃって。少し経ってその子とお父さんが僕を探してて、見つからないように隠れてたら、  お父さんがその子に『きっと夜中で寝ぼけていたんだろ』とか言って、帰って行ったの。それで……」
 そこで鬼は口を閉ざした。 だってそれ以上は、口に出さなくたって判ること。
 鬼は、花が咲かないことを知っていた。
「ごめんね」
 鬼が、また謝った。
 謝るべきは、俺なのに。
「知ってたのに、信じてる振りなんかして。琉夜を傷つけたね」
 そして、芽を握る俺の手を、またその外から包む込むようにしていた鬼の手が離れた。
 鬼が、少しだけ微笑む。その笑顔が、また滲み出す。ゆっくりと去る後姿。
 俺は、もう声も出せなかった。 頬を伝う雫が、はたり、はたりと地面に跡を残していく。 曲がりくねる山道。鬼の姿は、もう見えもしない。

『花を咲かせることが出来たなら、次のお嫁さんは僕と一緒に居てくれる』
 花が咲かないことを知っていて、それでもなお願掛けをしていた鬼。 叶うことはないと判りながら、育てた芽。 例えそれが虚像でしかなくとも、鬼にとっては拠所だったのかもしれない。
 それさえも壊したのは、この俺か?
 俺はその場でしゃがみ込み、歯を食いしばったまま、泣いた。




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