『 真 暗 な 闇 の 中。突 然 僕 の 中 に 光 が 生 ま れ た。
何 も な かった 僕 の 身 体 に 沢 山 の 情 報 が 流 れ て く る の を、僕 は 不 思 議 な 思 い で 感 じ 取 って い た 』


***


「っつ」
ピシッという音と共に、僕の中に鋭い痛みが走った。生まれて始めて、瞼というものを上げた瞬間。
「ったぁ!成功よー!!」
柔らかな日差しの中、一人の女性の姿が、僕の瞳に焼きついた。
この人が、僕を作った人……?
初めて見た相手なのに、機械の情報が教えてくれる。名前、年齢、故郷までもが、色々な映像や数字でもって僕の中に流れてくる。
また僕の斜め前で子供のように喜んでいる姿に、頭に埋め込まれたチップと左胸の何かが、僕に安心感という感情を与えてくれた。

「あのっ」
僕が小さな声を出すと、斜め前の女性……薫博士が『きゃぁ★』という声を出した。
「あの、僕」
そこで僕は初めて、自分が一つのベットに横になっていることに気がついた。
さっきから目線が可笑しいかったのは、このせいみたいだ。

僕は手に意識を集中させ、ベットに右手をついて起き上がった。
無機質な冷たい銀パイプのベットが軋み、ギッという音が鳴る。
そのまま足だけをベットから降ろし、今度は足に意識を集中させてゆっくりと床の上に立ち上がった。
博士はそんな僕の行動に息を飲みながらも、僕の動き一つ一つをじっと見ている。

「……凄いじゃない。もう一人で立てるのねっ」
僕の足がようやく自力で立つことに慣れ始めた頃、博士が僕に抱きついた。
「うわっ」
自分を支えるので精一杯な僕の足に、博士の体重という負担はあまりに大きくて、僕はそのまま押し倒される形となった。
バタン、と大きな音が響くと、博士が慌てて立ち上がった。
「やだ、ごめんなさい。私ったら……」
そして照れたように頬を赤らめて、僕に手を差し出した。
だから僕はその手を借りて立ち上がり、こんな時はどの言葉を言ったらいいかを頭の機械に詰め込まれている情報から検索した。
「大丈夫だよ。ありがとう」
きちんと博士の目を見て、にっこりと笑う。
僕の検索した結果は間違っていなかったようで、博士も笑ってくれた。

「そうだわ。貴方の名前を決めましょう」
思いついたように、博士が言った。
「えっ?」
その突然の提案に、僕は疑問の声をあげてしまった。だって。
「そんなもの、必要あるの?」
僕の情報では、愛玩用ロボットや、もう発表状態にあるロボット以外に名前は付けないとなっている。
研究段階にある僕には、製造ナンバーだけでいいはず。なのに博士は。
「必要に決まっているでしょう!ちょっと待ってなさい、私が良い名前を考えておいたんだから」
ビシっと僕に指を向けていったのだ。
呆然とする僕を置いて、パタパタとスリッパの音をさせて部屋を出て行く。そしてすぐになにかを持って戻ってきた。
「これが、あなたの名前よ」
と息を切らせながら、今持っていた分厚いノートの裏表紙を捲って僕に見せてくれる。
そこには、少しクセのある文字でこう書いてあった。

「やさ、ごころ?」
「違うっ。ゆうしんよ、優心。優しい心を持ちますようにって」
照れたように、それでもニッコリと笑ってくれる。
その微笑に、何故だか僕の胸辺りでドキンと音を立てるものがあった。
……………………?

「あ、もしかしてこの名前嫌い?それとも他に付けたい名前でもあった?」
一瞬固まった僕に、博士は何か違うことを感じたらしく、心配そうに僕に尋ねた。
「あ、違うの。そうじゃなくて……」
どうにか説明したいのだけど、それを言うための言葉が見つからない。

この音は名前を付けてもらったことへの喜び? 違う気がする。
だけど今の僕には、この音が何を意味するか判らなくて。

「凄く気に入ったの、ありがとう」
判りやすく、感謝の気持ちを言った。薫博士がフワリと笑う。
そこでまた、僕の胸辺りでドキンと音が鳴った。
何なのだろう、これは。僕の中にある情報を探っても、答えが一つも出て来ない。

「あと、この日記帳はあなたへのプレゼントよ」
考え込んでいた僕の手に、博士がノートを乗せた。
手渡しされたときに触れた指先が、博士の体温を感じて、ジンッと熱くなる。
あれ、何か変だよ?
とは思うものの、こんなのを博士に言うべきことかも判らなくて、僕はそのまま博士の話に合わせた。

「日記帳って、僕に?」
「そうよ。一日一日の自分に起こったことや、自分の想いを綴っていくの。それが貴方の生きている証になるから」
自分の想いを綴る?
それがどんなコトか、僕には理解できなかった。
ただ、手渡された日記が、博士から貰った言葉が嬉しくて。
「……ありがとうっ」
今貰ったばかりの日記を抱きしめ、もう一度感謝の気持ちを言った。



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