『も し も、な ん て 馬 鹿 ら し い こ と か も し れ な い け ど、ど う し て も 僕 は 考 え て し ま う ん だ。
ね ぇ、も し も 僕 が 人 間 だ っ た ら 。 貴 女 は 僕 を 愛 し て く れ た? 僕 を 選 ん で く れ た? も し も 僕 が……。
今 で は 聞 け な い。判 っ て る。判 っ て は い る け ど……………………』


***


都心から離れた場所にある、個人研究所を兼ねた一軒家。住宅街の喧騒から身を守るかのように、家は木で囲まれている。
その研究室の一室。中央のベットに寝かされた少年の周りを、白衣を来た二人の男がなにやら調べていた。

「何故だ、何故動かない?」
「エネルギーが足りないんじゃないですか?」
「まさか。エネルギーは十分に補充したさ。足りないなんてこと有り得ない」

最初に声を出した方の男が、もう一人の男の言葉を否定した。
この黒髪で長身の男の名は長羅和樹(ながらかずき)という。
ただ今26歳という若さで博士号を持ち、所属している大学では時々だが講義を開くという、いわゆる天才。
しかし最近、その和樹をも脅かす存在が現れた。それが
「じゃあ故障しているとか」
いつも笑みを絶やさないこの男、倉本拓斗(くらもとたくと)だ。
高校をすっ飛ばし、大学、大学院を卒業した挙句に、現在博士号を取得するための論文を作成中……という、やはり天才。
そのくせ同じ教授の下で学んだ和樹を気に入り、助手なんてポストを続けている。

「故障なんてしていなかった。全てチェック済みだ」
「う〜ん。エネルギーも充電し、故障もしていないのに動かないなんて、まるで眠っているようですねぇ」
「そんな訳ないだろう。コイツはロボットだぞ」
「え〜、でも判りませんよ?ロボットとは言っても、この子は感情を持っているんですから」
一人で緊迫した雰囲気を作っていた和樹の側まで来て、拓斗は気の抜けた声を出した。


感情。
そう、この少年型ロボットには従来の試作品とは異なり、自主的に感情を作る機能が付いている。
それはもう、人と代わらないくらいにたくさんの感情を。


「だからと言って、ロボットが自主的に眠るなんて有り得ない」
少年型ロボットを調べながら、和樹は断言した。
『ロボットは眠らない』これは和樹が今まで学んできたロボット学で立証されている。
勿論眠るというプログラムを組み込まれたロボットが、自分の簡単な身体機能を停止させて、眠っているようにみせるコトは出来る。
だがそれは人の眠りの状態とは違う。そしてその場合、周りからの影響や指示で、すぐに目覚めさせることが出来るのだ。
しかしこのロボットは和樹達が調べ始めてから、何をしても動き出そうとはしない。
この少年型ロボット、何か特殊な状態に陥っているのだ。そう和樹の頭の中で纏めた。しかし

「え〜、そうなんですかぁ」
拓斗は納得できないらしく、ブーイングの声を出した。それを不機嫌な顔で押さえつけ、和樹はもう一度少年型ロボットを調べ始める。
どこにも損傷や破損している個所はない。エネルギーの補充した。中の機械が錆びているわけでもない。まるで新品同様。なのに。

「ど〜っして動かないんだぁ!?」

思わず叫んだ。
この研究を始めて早半年。大半がこのロボットに使用されている特殊なエネルギーの作成に時間を費やしていたのだが。
そろそろまともな成果が出せなければ、この研究が他の人の手に移ってしまう。
それだけは、困る。

「あ、いいこと思いつきましたよ。この子を分解してしまえばいいんですよ。それを見本にして新しいのを……」
「だめだ。ソレはコイツを壊すことになる。それは、出来ない」
「どうしてです?新たに作り直したほうが、早いのでは?」
何時の間にか和樹の前まで来ていた拓斗が、和樹の顔を覗き込んだ。
「こいつは……」
拓斗から目線を外し、小さく呟く。その言葉の先に続くものは?

「いや、なんでもないさ。それよりも」
「あ、僕に隠し事をするおつもりですかっ?」
こんな所で話すべきではないと考えた和樹に、何故か拓斗が非難の声を上げた。

「は?隠し事って」
「いやっ、触らないで下さい!!博士を信じた僕がバカだったんです!!」
「……何言ってんだよ、お前」
「うぅ・・・隠し事はしないって言ったから僕、僕・・・」
「って、一体ナニ言ってんだよ。オイ?」
「惚けないで下さい!貴方が言ったんですよ。『お前には隠し事はしない、俺の全てを知って欲しいから』って!」
「お、俺がそんな臭い台詞を!? まさかっ」
「っ忘れたんですか?この前の日曜日のことを!!」

寒い演技を続ける拓斗に、背中に絞れるほどの汗をかいた和樹が、言われた通りに日曜を思い出す。
「あの日は確か……ずっと家で酒を飲んでいたはずだぞ」
研究が全く進まず、少々荒れていた日だ。
「その後、僕のマンションに来たでしょう」
「…………ぇ?」
「そりゃあ博士ってば、ベロンベロンに酔っていましたけど。でも、忘れるなんて!!」
「そういえば俺、日曜の夕方から記憶が飛んでいるんだった」
アルコールの取りすぎで、単に眠ってしまっただけだと思っていたのだが。

「僕、始めてだったのにぃ!!」
若き青年の悲痛な叫びが、和樹の脳内を突っ切った。

「そんな。いくら酔っていたからって、こんな奴に手を出すなんて……」
一生の不覚。いや、一生涯の汚点というべきか・・・。
「あんなに、あんなに愛し合ったのにぃ〜!!」
「いやだぁぁぁ〜!!!!!!!!!!!!!!! って何してんだよ」
思わず頭を抱えた和樹の端に、和樹の鞄を勝手に漁る拓斗の姿が見えた。
「あ、バレちゃいましたか。いや、さっき面白そうなモノが見えたのでつい」
と笑う拓斗の笑顔は、さっきの悲痛な表情など全く嘘のようだ。
やられた。和樹は心の中で呟いた。また年下の助手に遊ばれたのだ。

「って、コラ。勝手に人の日記を捲るなっ」
和樹がため息をついている内に、勝手に日記を読もうとしていた拓斗を止める。
「いいじゃないですか。博士の日記って興味あるんですよね」
「……残念だが、それは俺の日記じゃない」
だからソレを返せと手を伸ばすが、拓斗は返そうとはせず。
「じゃあ誰のです?」
興味津々という顔で尋ねてきた。
「この研究室に初めて訪れたときに見つけたものだ。誰のものかは判らない」
「中を覗いていないんですか?」
「他人の日記を、承諾なしで読むわけにはいかんだろ」
「でもこの研究室にあったってコトは、元々ここに住んでいた人の可能性が高いですね」
「あぁ、俺もそう思っている」

だからこの日記を見つけたとき、和樹は思わず自分の鞄にソレをしまったのだ。
後々に内容を確かめる必要が出てくるかもしてない……と。
だが研究に行き詰まった今、それでも和樹は日記を開くことが出来なかった。

「では読んでみましょう」
「はぁ!?」
和樹がずっと悩んでいたことを、拓斗があっさりと決めた。
「なに言ってんだっ、そんなこと出来る筈がないだろうっ。人権侵害になるぞ」
「関係ないですよ、そんなもの。それよりも今はこの子について、どんなことでも調べるのが、僕達の仕事でしょう」
「それは、そうなんだが……」
「じゃあ僕が音読しますから、博士は聞いていて下さいね」
何も言えなくなってしまった和樹に、気を良くしたらしい拓斗がにっこりと笑い、部屋の隅にあったイスに座る。

「あぁ」
この強引な助手に諦めのため息をつき、和樹も部屋の隅に合ったイスを態々拓斗から離れた位置まで持っていき、腰を降ろした。
それをきっちりと見届け、拓斗はブルーの日記帳の一枚目を捲る。
長年放置されたせいで黄ばんだ紙に、たどたどしい小さな文字がならんでいた。

「一枚目」



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