【魔王と勇者】〜僕らは仲良し〜




柔かな春風が俺の頬に触れる。
本来ならば甘い花の香りが鼻をくすぐるこの季節。
此の街で一番の豪邸と呼ばれるだけあり、短距離走コースくらいなら作れそうな庭には、色鮮やかな花々が咲き誇っている。
スミレ。サクラソウ。デイジー。アヤメ。カキツバタ。
本来なら同じ場所に咲く筈のない花が並んでいるのは、専属庭師の努力の賜物だろう。

「……ちっ」

しかし視界と嗅覚のギャップに、俺は思わず舌打ちをした。
此の屋敷一体に漂うのは生ゴミを一ヶ月ほど常温放置した匂い。甘い花の香りなんて一切しない。
その理由はといえば。

「ぉぉぉぉ、勇者殿、今日も来てくれたんじゃなぁ」
「よぉ魔王。今日もとびきりに臭ぇな」

目障りなほどに真白な屋敷。
庭を横切って玄関先にまで行くと、チャイムも押していないのに扉が開いた。
屋敷内に充満していたのだろう。庭で感じたのよりも更に強烈な悪臭が俺を襲う。
毎日嗅いでいるとはいえ、全く馴れることのない此の匂い。鼻が曲がりそうだ。

「すまんのぉ。これでも毎日風呂には入っておるのだが」
「風呂湯、変えてないんじゃねぇか?」

あまり悪びれた様子のない魔王に悪態をつきながら、招かれるままにずかずかと中に入る。
外装同様、真白な壁。家具も白を基調に清楚な雰囲気に揃えられている。
……魔王の癖に。
俺よりも頭二つ分したにある魔王の後頭部を睨みつけ、俺は声に出さずに呟いた。

魔王と勇者。

なんとまぁメルヘンチックな呼び名だろう。鳥肌が立ちそうだ。
だが俺の前を歩くチビッコは確かに【魔王】と呼ばれる存在であり、無精ひげを生やし国民の皆様の税金で生活している俺は国が認めた【勇者】なのだ。

というのも、遠い昔の話。
人間界と魔界での壮絶な戦いがあった。
【魔族は人肉を食料にする】なんて迷信を信じ喰われるコトを恐れた人間のある一部団体が『ならば先手を打って魔族皆殺し』を提唱したことが始まりだ。
実際は平穏主義の魔族にとっても、只殺されるのを我慢していらるはずが無く。
戦争は更に大きな戦争に。憎しみは更に多くの憎しみをつくり。沢山の人間が、魔族が死に絶え。
其の戦いを終らせたのが、俺のじいちゃんの曾じいちゃんのじいちゃんだ。
こんなコトは無意味でしかないと考えた彼は、魔界の入口から一番遠いところに聳え立つ魔王の城に単身で乗り込み、魔王と停戦条約を結んで来た。
それが勇者の始まり。
それ以降、【勇者】という称号を国から認められ、其の称号は代々引き継がれてきたのだ。
ちなみに其の停戦条約の中には【魔族の権利】というものが入っていて、つまりは人間界でも魔族が安心して生活できるなんたらかんたら〜っていう文章が入っていたらしく。
魔王は現在その権利を盾に、人間界で悠々自適に暮らしているわけだ。


***


先ほど横切ってきた庭を見渡せるように、広く開け放たれた窓。
いつものように広すぎなリビングに通され、当たり前のように主人用のソファに座る。
本来此のソファに座るべき人物……つまり魔王は気にした様子も無く客用のソファに腰を掛けた。

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆうううううしゃ様っ、お、お、お茶でございます」
「ありがとう」

座ると同時に、ピンクのメイド服をきた魔獣が茶を運んできた。
きらりと光る牙……もとい歯が彼女の魅力。
どうやら俺に気があるらしく、いつも涎をたらし……じゃなく、頬を染めている。
俺としては露出の激しすぎるメイド服を着た淫魔な姉さんの方が好きなのだが、恋愛するには俺の命が削られるので却下。
其の点この魔獣ちゃんは主人に尽くすタイプのようなので、此の先を考えてみても良いと想っている。

「うん、美味いな。此のクッキーも中々いける。80点くらいかな」
「そうか、ワシの手作りじゃ」
「……なら−55点だな」
「微妙な数字じゃのぉ」

ひょっひょ……と魔王が嬉しそうに笑った。
莫迦にされて喜ぶなんて変態か?
前に聞いたら、魔王は『ワシにそんな話し方をする奴は勇者殿しかいないからのぉ』とか言っていたか。
ま、天下の魔王サマにタメ口を利けるヤツ自体ほとんど居ないらしいが。
取り合えず俺の分のクッキーを口に放り込み、ついでに魔王用のクッキーにも手を伸ばす。
近所のケーキ屋よりも美味いかもな。今度売るか。

「ンで、今日は何用じゃ?」

星型に抜かれたプレーンクッキー。中央には苺ジャムの様なモノが詰まっている。
最近のクッキーってのは一枚売りもしているし、透明な瓶に何枚も入れて好きな数だけ買えるようにするか。
此の屋敷で作って、販売は俺の家。材料費は勿論魔王。儲けは全て俺の金。
あ、でも接客嫌いなんだよなー。バイト雇うか? バイト代誰が払うンだっての。
魔王の手下使ってもいいけど、奴等臭いんだよなー……。

「ぁ、ふぁすれりゅところだった。おまえらそろそ出て行け」
「なんじゃ、また其の話か」

手軽に儲けることを考えるのに必死で、すっかり今日の目的を忘れる処だった。
クッキーを頬張りながらの発言。
其れでも魔王には理解できたようで、チビッコの癖に眉間に皺を寄せた。

「まーな。此れを言うのが俺の仕事だからよー」

中身もチビッコなら俺の心も多少は痛む所だが、此れはあくまで人間界用の仮の姿。実際は俺なんかよりも遙に長く生きているらしい。
てか勇者第一号の時には魔王やっていたんだから、俺には想像もつかないほど長く生きてるンだろう。
まぁそんなことは如何でも良いとして。

「お前等さ、臭いンだよ」

俺は魔王用最後のクッキーに手を伸ばしながらも、真剣に魔王の目を見て言った。
そう、魔族は臭い。
全ての魔族が臭いわけではないだろうが、魔族を統括している魔王もソコソコ臭い。魔獣は更に臭い。アンデット系はどうしようもなく臭い。
どれ位かといわれれば、此の屋敷周辺にいると嗅覚が可笑しくなるんじゃないかってくらい。
お陰で住民からは多くの苦情が届いている……俺宛に。
さすがに一般人が魔王の屋敷に殴り込みを掛けられるほど気が強くは無い。
そのへん、俺は勇者。しかも国民の皆様の税金で生活している勇者様。
家のポスト横に設置された『勇者様BOX』には、今日も沢山の苦情が届いているに違いない。

「そういわれても、体臭じゃからのぉ」
「でも臭いモンは臭いんだ。匂いを消すか、早々に人間界を出て行け」

間髪居れずに発した俺の言葉に、魔王がうぬぬ……と頭を抱えた。

「体臭を消す方法か……」
「取り合えずお前等全員が魔界に帰れば丸く収まる」

ただそうなると魔獣なメイドちゃんとの恋の行方が見当たらなくなってしまうけれど、まぁ其処は仕方ないと諦めよう。
そして此の傷を癒すためにも『魔王を追い払った勇者様』と地域住民に称えられついでにハーレムとか作っちゃえば良いのだ。

「別に今日行って今日帰れとは言わねぇよ。お前等にも引越しの準備があるだろうからな。明日帰れ」
「今日も明日もあまり変わらんじゃろう」
「なら今日帰れ」

クッキーを全て平らげた所為で手持ち無沙汰になってしまった。
魔王に人間界から撤退するよう交渉をしつつも、視線をぐるりと棚の方に向ける。
あ、DS。Wlii。PS3。
豪奢な棚の中に飾られたゲーム機とソフト。
そうとう人間界を楽しんでいるみたいだ。餞別にくれないかな?
そんなことを考えていると、不意に魔王がが立ち上がった。

「そういえば勇者殿が見たがっていたLOSTの続きを借りてあるぞ」
「ほぉそうか。でも其の程度で俺は騙されないぞ」
「返却日が今日中なんだが……」
「……お前は観終わったのか?」
「あぁ、昨晩の内にな。勇者殿が見ないなら、今からメイドたちに返してきて貰うが……」

ゲーム機の並ぶ棚から、ブルーのレンタル袋を取り出す。
そして俺の方にと見せたのはLOSTシーズン2の4巻。
LOSTとは海外ドラマで現在此の国でも再放送中な面白番組だ。
けど再放送中なのはシーズン1の方で、俺はもうシーズン2に突入している。
新作って二泊三日のくせに高いンだよな……。

「ポップコーンあるか?」
「塩味、バター味のドチラが良い?」
「キャラメル」

住民の苦情なんて1、2日放っておいても問題はなさい。
其れよりも俺の財布から金が消える方が問題だ。
そう結論を出し、DVDを観るに一番良い体勢にと変える。

「そうか、今作らせよう」
「おう、あとポテトチップスもな」

つまりごろりと横になった俺に、気にした様子のない魔王がにこにこと笑った。
どうやら俺は明日も此の屋敷に来なくてはいけないらしい。
もちろん人間界を出て行くように説得するために。そしてLOSTの続きを観るために。



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