「もう直ぐ着くで」

まろが目を覚まして30分も過ぎては居ないだろう。
童輔に負ぶわれたまま下を見れば、此処最近見慣れた町並みがあった。
琉架と尭螺が隣とは言え、どちらも大きな街。しかも護殊庁から戻る事を考えれば、こんな短時間で帰れるはずがない。
ということは、まろは結構な時間を眠っていたという事になる。
「……すまぬの」
「ん?」
「色々と迷惑をかけた」
「あぁ……」
此れが羅庵や桂嗣なら申し訳ないなんて1ミリも思わないのだが、如何せん相手は童輔。 こんな時間まで引っ張りまわした挙句に、己の意思ではないとしてもずっと眠って居たなんて。
それに周囲がゆっくりと明るくなっていることを考えれば、もう早朝とも呼べる頃なのだろう。 つまり護者である童輔が、街の巡回に出掛ける時間も近い。睡眠時間の大半を奪ってしまったということ。
急に謝罪をしたまろに、一瞬なにのことか判らなかったのだろう。 妙に気の抜けた声を返し、其の後にぷっと吹き出した。
「なんじゃ、まろがせっかく謝っておるというのにっ」
「いや……悪い悪い。まさかまろが謝ってくるなんて思わんくてな」
どうやら本当に可笑しかったようだ。必死で笑いを堪えようとしながらも、肩が震えている。
ったく、童輔はまろをなんだと思っているのか。
言葉にすればまた童輔が笑うとわかってしまい、まろは声には出さずに口の中だけで呟いた。
「ぉっし、到着。此処からは自分で行けるやろ?」
「うむ。ご苦労だったのぉ……おや?」
ゆっくりと下降し、宿舎のグラウンドに降り立つ。まろを負ぶってくれるのも其処まで。
どうせなら部屋まで連れて行ってくれれば楽なのに。
なんて先ほど謝罪したモノとは思えないことを考えているまろの視界に、思わぬ人物が飛び込んできた。

「栗杷、こんな時間にどうしたのら?」

宿舎の玄関先。いつもならば眠っている筈の従姉弟が、其処に座っていた。
隣には羅庵。ということは、架愁の側に居たくて起きているっていう訳でもないのだろう。
童輔の背から下ろされたまろは、ぽてぽてと栗杷の所まで足を進めた。
「……遅かったじゃない」
「うむ、思った以上に遠かったらしくてな」
などと、寝ていたために実際掛かった時間も知らないくせにぽけぽけと答えてみせる。
寝不足を主張する栗杷の赤く染まった目が、不機嫌な形にと変わった。
横に居る羅庵が、楽しげに笑っている。
微笑ましい光景でも見ているような其の表情。
其の笑みで、栗杷がまろを心配してこの時間まで待っていてくれたことに気がついた。
「それで、護殊庁にはなにがあったの?」
「特には何もなかった。巽……あそこのトップと、ちょっと話してきたくらいじゃ」
「ふぅん……」
不機嫌な目が、更に釣りあがった。ちょっとだけ顎を上げ、まろを見下げる姿勢。
さり気無いまろの嘘を、栗杷は見破ってしまったのだろうか?
別に深く追求されたなら答えても良い。其の程度の気持ちで栗杷と視線を合わせておく。
僅かな無言の間。童輔もまろの横にまで来て、この様子を見ている。

「あっそ。おやすみ」

このまま何か問うてくるだろうと思われた栗杷が、しかし細めた目をすぃと反らした。
長年まろの姉貴分をやってきた栗杷にとって、なにか思うことでも在ったのだろう。
少々投げやりな言葉だけを置き、さっさと宿舎の中に入って行った。
「おや?」
「あ〜ぁ。栗杷様、怒っちゃったぜ?」
「可哀想になぁ。せっかく心配して起きててくれたってのに」
栗杷の姿が宿舎の中に入って行ったことを確認した後。
にやにやと同じような笑みを浮かべる羅庵と童輔が、同時にまろを小突いた。
やはり2人にも、栗杷はまろを心配して起きていたという風に見えたようだ。
だからと言って羅庵や童輔がにやつくような意味ではない。栗杷の行動は、単純に今まで面倒を見てきた弟分への心配。
ソレを言って判ってくれるのは、桂嗣や架愁くらいだろうか。
ぼんやりと思考をめぐらせ、好き勝手にまろの頭を小突いてくる2人に遊ばれるのも嫌だと結論を出し。

「ほい」
「……なんだ、其の手は」
「まろは疲れた。部屋まで連れて行ってくれ」

移動中はほとんど寝ていたので全く疲労なんて感じていない。
ただ今は歩くのが面倒くさい。そしてこれ以上遊ばれるのも面倒くさい。
ただソレだけの理由で、まろは羅庵に負ぶって部屋まで連れて行けと両腕を掲げて伝えた。




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