「……ん?」
「ぉお、目が覚めたんや」
誰かに背負われている感覚。
一瞬だけエセ医者を予想し、しかし細身な背中に違うことを知る。
「……童輔か?」
「護殊庁の内を知られるわけにいかんくてな、ちょっと眠ってもらったんや。手荒くして悪かったな」
目の前にある短髪の黒髪と、最近耳に馴染んできた独特の訛。
ぽつりと呟けば、やはり其の通りらしく童輔が申し訳なさそうに謝罪した。
そういえば護殊庁にむかう時、童輔から貰った梅味の飴を口に含んだ後に意識が途切れた。
珍しい味がすると想ったけれど、中に何か混ぜられていたらしい。
「気にするな。別に暴行を加えられたというわけでもないしな」
というよりも、まろから護殊庁に案内してくれといったのだ。
可笑しな飴玉をよこした事くらいで、怒るつもりは無い。
宙を浮いている人間に背負われている。そんな不安定この上ない状況にも関わらず、まろはぐいと身体を伸ばした。
「なら良いンやけど」
戦いの場所に身を置くものならば、強制的に眠らされる何ていうのは屈辱かつ相当の恐怖を感じる。
例え仲の良い友人であっても、其れに気がついたときからは警戒するというもの。
挙句まろと童輔は、友人という枠内に入れないこともないが間違っても【仲の良い】という単語はついてこない。
そうにも関わらず全く気にした様子もなくぽけぽけと許したまろに、童輔はくつくつと喉を鳴らして笑った。
「ンで、確かめるコトは出来たんか?」
「ん?」
「護殊庁に行く理由、確かめたいことがあるって言ってやん」
無言での移動は少々暇だったのだろう。
特に他意の無い、日常会話でもするように童輔が尋ねて来た。
ついでに『此れには何も入れてないから』とオレンジ色の包み紙を寄越す。どうやら大きめの飴玉のようだ。
一瞬の戸惑いさえ見せずに、ぽこんと口に放り込めば、口いっぱいにレモンの味が広がった。
「……そうだのぉ」
今朝方、会いたくもない輩から言い逃げされた言葉。
『貴方の探しものは、護殊庁の頂塔部に居ますよ』
現在まろが探しているのは、漆黒のイシ。けれども護殊庁の、あの部屋に居たのは小さな子供。
創造主。神様。カミサマ。
その時に寄って、人によって呼び方は違うのだろうけれど。球体に眠る小さな子供は……。
「童輔は、護殊庁の最上階には行ったコトがあるか?」
カミサマなんて存在を、此の世界のドレだけが信じているだろうか。
そしてそんな存在が護殊庁に居ることを、ドレだけの人が知っているのだろうか。
まろは知らなかった。多分、一般に公開されては居ない。
でなければ、護殊庁が政府機関であれるはずが無い。それこそ大きな宗教団体にでもなっている筈。
ならば、其処で働いている者達には知らされているのだろうか。鬱灯は知っていたようだけれど、童輔は?
「最上階には上層部専用の会議室があるって聞いたけど?」
「……会議室?」
「あぁ。つっても上の階にいけるのは幹部クラスだけやし、俺は入ったことないけどな」
「そうか。では、まろをあの部屋に連れて行ったのは誰なのら?」
「遊汰さんが護殊庁の入口で待っててくれてたんや。やし、其の先は遊汰さんが連れて行ったけど?」
「そうか、遊汰が……」
巽様至上主義のエセ関西弁。そういえば遊汰も、アレで護殊庁のエリートだ。
ということは、上層部は皆知っているのだろうか。それとも、巽直轄の部下だけが知らされているのか。
護殊庁という組織自体が政府機関であるにも関わらず、なにかと謎が多い。
それは取り締まるべき相手が力を持つ存在だから……と、以前話で聞いたことはあるけれど。
どれだけの人間が護殊庁に勤め、エリート、幹部と呼ばれる人が何人居るのか。外野であるまろには全く予想も出来ない。
「上に何かあったんか?」
詞の途中で考え込んでしまったまろを、何か不穏に想ったのだろう。
僅かに首を捻り、まろの顔を覗き込むようにして尋ねてきた。
「いや、特にはない」
至近距離での真直ぐな視線。
正直者なまろではあるが、其処はすんなりと嘘をついてみせた。
さすがにカミサマが居ただなんて言っても信じてはくれないだろう。
否、例え信じてくれるとしても、此の事を童輔に教えるのは正解なのか。
まろ自信に其の答えが出るまでは言わずにいるほうが懸命だ。
「……そうか」
まろの嘘を信じたのかは判らないが、取り合えず深く聞くつもりもないようだ。
真っ黒な瞳をすぃと前方に戻し、童輔は移動速度を少々速めた。
先ほどまではやわやわと感じていた夜風が、まろの髪を後方にと流す。
首を反らせば、満点の星空が目に映った。夏の夜らしい、吸い込まれそうなほどに澄んだ蒼。
ぼんやりと見つめながらも、ゆるゆると目を開ける前を思い出す。
直前まで見ていたのは、海堵が目覚めたばかりの記憶。悲しい声と、真白な部屋と、自分を包んでいた殻。
其の夢を見る前には、不思議な部屋で巽に会った。球体を見つめる巽の瞳が、嫌に優しかったことを覚えている。
其の前は……そう、稜の記憶。桂嗣が架愁をつれて来たときの……。
「ぅむむ……」
思い出せば思い出すほどに、自分以外の記憶と自分の記憶がごっちゃになりそうだ。
童輔には聞こえない程度の声で唸り、まろは小さく溜息を付いた。
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