―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――
―――――――――――




彼の声に気がついたのはいつだっただろう。
己の意識というものが生まれた時には、当たり前のように傍にあった。

『ごめんなさい。ごめんなさい』

一体誰に対する謝罪なのか。声は聞こえるものの、此方から話すことは出来ない。
というより、声を出すための機能も未だ出来上がっては居ない。

『僕が、悪いの。僕の所為なの』

ぐずぐずと、小さな子供のような声。
身体が形成されていない俺には、耳を塞ぐことも五月蝿いと叫ぶことも出来ない。
ただ、白い靄の中にうずくまり。
俺という身体を守る殻が破れる日を待ち焦がれながら、彼の悲鳴が指先の1本一本にも染み渡っていくのを感じていた。


***


遠くの方から、何かの割れる音がした。
そうか、ようやく俺という身体が生まれるのだ。何故かストン、と落ちてきた答え。
誰からか教わっていたのか、何時の間に知ったのかも判らない。
ただ、其のときには知っていた。
否、多分俺の耳に入り込んでいた泣き声が教えてくれていたのだろう。
俺という存在が、創造主というチカラが実体化しているモノなのだと。
そして靄の中で膝を抱え、身体が形成され自らで動き出せるようになるのを待っているのだと。

「まぶしっ」

白い靄に永き時を過ごした俺には、あまりにも鮮明すぎた世界。
コエ、というものを吐き出した瞬間に、口内がぴちゃりと音を立てた。
今までは心地よかった粘着質な液体。空気が入り込むと同時に、嫌悪の対象にと変わる。
真っ黒に染まった、触れば怪我をしそうなほどに鋭い裂け目を持った殻。
一体何処から反射しているのか。目が痛くなるほどに白い床に、水音を立てながらも這い出る。
「ようやく出てきたか」
「……ぁ?」
己の身体に纏う液体。其の所為で聴覚が美味く機能していなかったのか。
背後から誰かの声が聞こえ、其れと同じく何か柔かなものが頭の上に降って来た。
殻の中で聞いていたのとは違う、低い声。
だが何故か懐かしい気持ちに慣れるのは……元々が同じ場所にあったものだからだろう。
誰に問う事もなく出てくる答え。
背後の存在も理解しているのだろう。自己紹介もなく、ただ勝手に俺の頭を、身体を、その柔かなもので拭いて。
「俺も出てきた時には、天眠から同じ事されたな」
懐かしむように、少々嬉しそうな声で笑う。
天眠。
その名前に聞き覚えはないけれど、不快にならないということはソイツも背後のヤツと同じなのだろう。
カミサマの中に居た。そして俺と同じように殻の中で身体を形成し、這い出てきたのだ。

「……ぉし。綺麗になったな」

されるがままになっていた俺から、柔かなものが離れた。
そして床にへばり付いたままの俺の腕を、背後に居たやつがぐっと引く。
立ち上がれということか。
がくがくと笑う膝を誤魔化すように、腕に引かれるままゆっくりと身体を起こし、そして立ち上がる。
「ほれ、取り合えず此れ着てくれ」
立ち上がった瞬間に、白く柔かなものに身体を包まれた。
先ほどまで俺の体を拭いていたものに似た其れ。粘着質な液体とは違う、ふわふわとしたもの。なかなか気持ちが良い。
そこでようやく俺は、遠い以前に俺と同じ場所に居た存在の姿を見た。
茶色く、短い髪。俺よりもどの位か上にある顔。身体に纏っているものも、今現在俺が纏っているものとは違う形をしている。

「俺は地補。お前よりも先に殻を割ったから、兄貴って呼んでも良いぞ」

観察するようにじろじろと全身を見た俺に、気にする様子もない相手が口端をにっと上げて笑った。
そして両腕を腰に当て、えへん、と胸を張る。
……地補。
兄貴、という言葉が理解は出来なかったが、胸を張っているヤツの言うとおりにするのはどうもムカツク気がして。
「判った、地補だな」
「おい。兄貴だって……」
目の前の存在と同じように、口端だけを上げて答える。
ヤツ……地補は直ぐに突っ込みを入れようとし、しかし俺と視線を合わせ再度笑った。


―――――――――――――――
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――




NEXT ⇔ BACK ⇔  Angelus TOP