ふわふわと、まるで陽だまりの中で昼寝でもしているような。
例えるならば、生まれたばかりの雛が母鳥の羽毛に包まれているかのような。
そんな、優しい空間。
此のまま目を閉じていれば、溶けてしまえるのではないだろうか。
ボンヤリとした頭の中で浮かぶ言葉に、まろは思わずふふっと笑った。
優しい空間に包まれて眠る時間はとても幸せだけれど、其れだけではやはり飽きてしまう。
頭の端っこに生まれた、何処か冷静な感情。
思った途端に、冷水でも浴びせられたような感覚がまろを襲った。

「……っ」

あんなにも暖かかった空間に、急に亀裂が走る。
しかも其の亀裂からは、身も心も凍らせる冷風が吹き込み。
あまりにもの変わりように、まろは思わず瞼を開けた。
「此処は……?」
未だ夢を見ているのだろうか。
薄暗く、先の見えない藍色がソラを覆っている。
確か童輔に抱えられて護殊庁に向っている最中だったのに、何故こんな所で寝転んでいる?
寝ぼけ眼に入り込んだ見慣れぬ風景。まろは軽く首を傾げて、其れからそっと身体を起した。
藍色のソラがあるにも関わらず、どうやら此処は外ではないらしい。
真白な壁が続く、大きな部屋。ということはソラは描かれたものだろうか。
まるで稜の記憶で見た架愁の部屋を思い出し、まろは一瞬だけ眉間に皺を寄せた。

コポリ。

ゆっくりと立ち上がり、広い室内をぐるりと見回る。
其処でようやく、まろは部屋の中央にそびえ立っているといっても過言ではない大きさのなにかに気がついた。
こんなに存在感のあるモノを、どうして目覚めて直ぐに見なかったのだろう。
まろ自身で不思議に思えるほどに巨大な其れ。
こぽりこぽりと沫の立つ音に引き寄せられるようにして近づく。
卵型で蒼白く光っている其れ。中に入っているのは……。
「子供?」
「創造主だ。目覚めの時を待っている」
水の中で漂うかのように、否、まるで作り物のように眠っている子供。
本当に目を覚ます事があるのだろうかと不思議に思えるほどに、身動き一つしない。
思わずぽつりと呟いたまろの背後から、誰かが声を掛けてきた。

「巽……」

振りかえらなくても判ってしまった相手。視線を向ければ、想ったとおりの相手が其処にいた。
室内でもきらきらと輝く金糸。長い前髪から覗く瞳は、優しい色を灯している。
稜の記憶の中では対峙していた相手なのに、嫌悪感が一つも生まれない理由は、 その表情一つ一つに大切な兄弟だったころの面影が重なるから?
まろとしては『架愁の義兄』という接点しかないはずなのに、巽を見るたびに海堵としての目線・稜としての目線を思い出してしまう。
「君には神様って言ったほうが判りやすいかな? 4人の天子の親だ」
「……此処は?」
「君……君達が来たがって居た場所だ。護殊庁に隠された部屋、とでも言おうか」
会話を邪魔しない程度に、こぽりこぽりと沫の立つ音が響いている。
其の沫の音の邪魔さえしない程度の靴音を立てながら、巽がそっとまろの目の前を横切り、卵形の物体の傍へと移動した。
まるで愛しい誰かを見つめるような瞳。
中に居る子供……創造主と巽の間を隔てる透明な壁に掌を触れさせ、優しく微笑んだ。

「イシを集める理由は彼との約束。Angelusを全て集めた時に、彼はようやく目を覚ます」

独り言のように、しかしまろの耳にもはっきりと聞こえるようにして綴られた言葉。
『集めた結果は誕生、集める理由は約束』
此の台詞は確か、まろが旅に出る前にも遊汰から聞かされていたけれど。

「どうして神様がこんなところで眠っている? 何故イシを集めるのが、まろでなくてはいけない?」

神様というには、あまりに幼い顔立ち。
海堵の夢で、神様に会った事はなかっただろうか?
虚ろ気な記憶を掘り返してみるものの、残念な事に神様の姿を思い出すことは出来ない。
神様、創造主。 4兄弟の中では、海堵が一番深く繋がっている。確か海堵自身がそんなことを考えていた事は覚えているけれど。
眠りについた神様を起す役目。4兄弟の誰か、ではなくて海堵が選ばれた理由は一体何処にあるのか。
「其れは君の中にいる存在が知っているよ」
巽との距離があるだけ、まろの真剣な疑問も簡単にはぐらかされそうで。
ぽけぽけと間抜けな足音を立てながらも、同様に卵形の物体に近づく。
「海堵は答えん。だから主に訊いておるのじゃが……」
巽の正面に立つように、つまりは卵形の物体に寄り添うような立ち位置で脚を止める。
真っ向からの質問。巽は何て答えるだろうか?
まろが想うより早くに、優しい笑みを浮かべた巽の唇が動いた。
「そうか。でも今は駄目だな。イシを全て集めたなら、どんな質問にも答えてあげよう」
正面から見ようと、横からであろうと嘘つきな大人の表情は崩れる事はないようだ。
あっさりとまろの質問を切り捨てた巽が、それから物体に触れさせていた手をまろの方に向けて。

「何をっ……」
「さ、早くイシを集めるんだ」

何か意図の有る手。
避けようとするものの僅かにまろの額に触れて。
其の瞬間、目を覚ました時に感じた亀裂が一気に埋め尽くされ。
そして埋まると同時に、まろの視界は暗闇にと変わった。




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