オレンジ色の明りを灯した屋台が並んでいる。
流石は此の街で一番大きな夏祭り。往来は浴衣を着た人々で溢れかえっている。
こんな所で連れ人と逸れたら再会するのは難しいだろう。
「まろ、早く来ないと置いて行くわよ」
「ぉ、すまぬ」
此処で逸れたら後が困ると知りつつも、独りで突っ立っていたまろをどうやら迎えに来てくれたらしい。
何処で買ってもらったのだろうか。桃色の浴衣を着た栗杷がまろの腕を掴んだ。
こういうとき、いつもなら桂嗣が迎えに来るのだが。
ぽけぽけと考えながら連れられていると、往来の端に辰巳と桂嗣の姿が見えた。
性別を間違えているに違いない。何故か女物の浴衣を着た辰巳が、嬉しそうに桂嗣に抱きついている。
なるほど。珍しく栗杷がまろを迎えに来た理由は、可愛い可愛い辰巳の為か。
本当ならあの2人と合流しなくてはいけないのだろうに、栗杷はまろの腕を引いたままずんずんと進んでいく。
辰巳はまろにとっても可愛い存在。
そんな可愛い弟の意図を理解してしまった以上、協力するほか無いだろう。
お財布役と離れるのは辛いが、まぁ後で羅庵あたりに小遣いをねだるのも悪くは無い。
まろは栗杷に引かれるまま、少々早足で桂嗣たちの傍を通り過ぎた。
神社へと続く道。両脇に並び屋台。
其処彼処からお腹を空かせる匂いが、まろの鼻腔をくすぐる。
空っぽ状態の胃が、ぐぅと自己主張の音を鳴らせた。聞こえてしまったらしく、栗杷がまろの方を向く。
「まろ、焼そばとお好み焼きドッチが良い?」
「広島焼が食べたいのぉ」
「そう。たこ焼きね」
どうやら初めから決めていたらしい。
確実にまろの返答を無視した栗杷が、たこ焼きやの前で立ち止まった。
「お兄さん、たこ焼き2つ」
「はいよ。マヨネーズはどうする?」
「あんまり掛けないで。ソースたっぷりの方が良いわ」
「了解。お嬢ちゃん可愛いから、ちょっとおまけしてあげるよ」
ねじり鉢巻の似合う少々強面の男性が、にかっと2人に笑みを向けた。
まろの注文は無視をしたものの、会計は栗杷がしてくれるようだ。
猫の財布から小銭を取り出し、其れの代わりにソース多めのたこ焼きを2パック受け取る。
それから有難うと声をかけ、まろたちはたこ焼きを胃に納めるべく通行の邪魔にならない場所まで移動した。
透明なパックをあければ、ソースと青海苔の香りが一気に周囲を包む。
6個入りのたこ焼きに、おまけが一つずつついてきている。火傷しそうなくらいに熱を持った其れを、まろははふはふと口に運んだ。
***
たこ焼きを胃に納め、チョコバナナにも手を出し。
お留守番をしている大人2人……まろは羅庵に、栗杷は架愁にとお土産も購入して。
お守りの大人がいない以上は自分が保護者だと想っている栗杷に連れられ、ふらふらと屋台をみて廻り1時間は過ぎた頃。
「此処にいたんや。探したぞ」
2人きりを望む辰巳にばったり出くわしてしまわないよう注意しながら歩いているまろの肩を、誰かがぽんと叩いた。
午前中、まろが『護殊庁に案内してくれ』とお願いしたあと。
『巽様に伺ってくる』といった以降、姿が見えなかった童輔がどうやら今ほど帰ってきたらしい。
急いで飛んできたと判る、汗を吸ったシャツと乱れた髪形。
「あら、童輔も遊びに来たの? もう帰るところなんだけど……」
「あ、俺なら気にせんといてくれ。まろを迎えにきただけやから」
年が近いだけあり、実はまろよりも話をする機会があったのかもしれない。
至極当然そうに『浴衣似合うやんか』と栗杷を褒めた童輔が、其れからまろの腕を引いた。
「……まろを迎えに来た?」
一体どういうことなのかと、せっかく浴衣を褒めて貰った栗杷が、不審そうに訊ねた。
まるで自分では保護者の代用が出来ないとでも言うのか。そんな表情を浮かべている。
「いぁ、護殊庁の方に案内するよう言われとってん。桂嗣サン等には了解とってあるし、まろだけ連れて行かせて貰うわ」
「護殊庁? なんでそんなところに?」
「其れは俺に聞かんといてくれ。頼まれただけやし」
不機嫌な声を出す栗杷に、少々困った笑みを浮かべている童輔。
2人から腕を掴まれていたまま傍観していたまろだが、そこでようやく口を開いた。
「すまぬ、栗杷。護殊庁にはまろが行きたいと頼んだのじゃ」
「……ふぅん。護殊庁になにかあるの?」
「判らぬ。でもどうしても行きたくてのぉ。……悪いが祭りは独り……若しくは桂嗣等と合流して楽しんでくれぬか」
「今から行くの!?」
「今から連れて行ってくれるのだろう?」
最近の子供は眠るのが遅いとはいっても、現在の時刻は夜8時。
今から護殊庁のある尭螺に行って帰ってくれば、どんなに頑張っても帰宅は日付を超えてしまうだろう。
其れでも行けるのなら今すぐにでも行きたい。
そう願い童輔を見上げれば、苦笑を浮かべたままで頷いた。
「元より其のつもりや。楽しい祭りなんに、同行者連れて行って悪いな、栗杷ちゃん」
「別にっ、私は一人でも問題ないけど……。まろ、本当に大丈夫なの?」
さり気なく栗杷に掴まれていた腕を外させたまろに、栗杷が視線を向けた。
姉貴分としては、やはり心配らしい。
いつも此れくらい優しくしてくれれば良いのに。無理だと知りつつ、思わずそんなことを想い。
「童輔もおるからな。大丈夫じゃ」
まろには似合わぬ、精悍そうな笑みをイメージして……もちろん、あくまでまろの中のイメージだけだが……口の端を上げて見せた。
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