木陰を選びながら、ゆっくりと足を進ませていく。
行く先は不明。……いや、一応決定してはいるのだけれども。
記憶を辿りながら歩く此の道は、しかしまろにとっては初めての場所。
つまりは夢の中だけで通った道で。

「確かこの辺りだったはずだがのぉ」

色鮮やかなタイルを敷き詰められた地面。消えかかった落書きは、近所の子供達の仕業だろう。
歪なクマとキツネの手前で、まろは足を止めた。覚えのある場所に、背筋を伸ばして周囲を見渡す。
もう少しだけ先の方に、小さな墓地が見えた。
記憶とは異なる町並みと、変わらなかった歩道と、僅かに変化した風景。
落書きを踏まないように回り道をしながら、まろいは再度歩き出した。
小さな墓地は、夢の中で何度も通っていた場所。


***


「いいえ、天使なんて始末さえ出来ればどうでも良かったので」

仕事の邪魔をしたからと、文句でも言いに来たか? という質問への回答は、想像以上に毒を持った言葉だった。
記憶では『罪を償う存在がいないと困る』などと言い、瑪瑙を追い詰めていたはずだが。結局は鬱灯の気まぐれでしかなかったと言う事か。
爽やかな朝の散歩タイム。まろの視界の中だけで、急に暗雲が立ち込めてくる。
実際の空は、青く澄み渡っているのに。

「そうか。ならばまろに用事はないだろう。さっさと退け」

天使はきっと鬱灯の発言に傷を負った。
言葉遊び程度にしか想っていない鬱灯の無責任な台詞に、過去の傷も抉られたに違いない。
悪意しか見えない笑みを浮かべる、目の前の存在。
視線を合わせているだけで口いっぱいに苦いモノが広がっていく気がして、まろは出来る限りの冷たい表情を作った。
いらいらとする。
カルシュウムが足りていないのか? いや、例え骨密度が高くても、鬱灯といればこの感情は生まれるに違いない。
基本的に、まろは喧嘩が好きではない。無駄に体力を消耗してしまうことが、得意ではないのだ。
しかし鬱灯相手だと安穏と笑みを交わすことが出来ない。
独りで歩いているときは柔らかく感じた風も、今はピリピリと肌を突き刺してくるよう。
鬱灯も其れくらい判りきっているのだろう。
まろにとっては嫌な、爬虫類を連想させる笑みを浮かべてクルリとターンした。

「そんな邪険にしなくても良いでしょう? せっかく貴方に教えてあげようと想って声を掛けたのに」

意味のない其の動きは、まろの機嫌を更に悪くしたいからなのか?
そう感じさせるほど、目の前で楽しげに踊る鬱灯。宙でくるりくるりと回転し、それからまろの顔を覗き込む。
バカに仕切ったような、まろ自身を全く見ていないような、何処か冷たく感じる瞳。
大きく溜息でも付けば頬に当たりそうな程近くて、まろは慌てて数歩後ずさった。

「お主に教えて貰う事などなかろう」

無意識での行動。目の前の存在に怯えたゆえの動作に思え、まろは誤魔化すように強く言い放った。
嘲るように、鬱灯が喉を鳴らせて笑う。
羅庵も童輔も喉を鳴らせて笑うが、背筋がぞっとしてしまう笑みを浮かべるのは鬱灯だけだ。
どくどくと音を立てる胸元に拳をおいて、出来る限り冷静を気取る。
気温の所為ではなく、額に汗が流れた。

「そんなこともありません。聞けばきっと後で私に感謝しますよ」
「罵倒することはあっても感謝はありえんぞ」
「ほぉ……?」
「お主の口から漏れる言葉は、まろには呪いの言葉にしか聞こえぬからのぉ」

肌を突き刺すような空気。痛々しい感覚にあわせて、刺々しい言葉を綴る。
こんな台詞は間違っても鬱灯相手にしかいえないだろう。否、鬱灯相手でなければここまで嫌悪することもない。
互いに視線を合わせたまま、数秒経って。

「では仕方がないですね。……どうやら相当嫌われているようなので、言い逃げさせてもらいますよ」
「まろは聞きたくない!」
「貴方の探しものは、護殊庁の頂塔部に居ますよ」

聞きたくない。まろの言葉も軽く無視をした鬱灯が、それだけ言って掻き消えた。
一体どんな術を使っているのか。一瞬だけ考え、直ぐに眉間に皺を寄せる。
まろには似合わなすぎる表情。だが。

「……探しものが、居る……?」

現在探しているのは漆黒のイシ。
在る、ならば判るが鬱灯は敢えて『居る』といったように聞こえた。
単なる言い間違いうだろうか? 爽やかな朝の風が流れる中、まろは一人考え込んだ。




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