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ざぁざぁと屋根を叩く雨音。
長いすに寝転がっていた俺は、薄っすらと瞼を開いた。

「嵐でも来るのか……?」

とろとろと下がってくる瞼をどうにか押し上げ、あくびをかみ殺す。
視界に入り込んできたのは、蛇がとぐろを巻いた内側に似たいびつな天井。
つまりはもう一月ほど前に破壊された屋根の修理後で。
嫌なことを思い出した俺は、軽い舌打ちをしてもう一度目を閉じた。

こんな雨の日は、昼寝に限る。

仰向けの体を、ごろりと横にする。雨粒の音が、睡魔を誘い出すようだ。
祈朴と地補は報告書を出しにいったから、夕方までは帰ってこない。
午後から用事があるという天眠のために、面倒な巡回も早々に終わらせてある。
昼寝を邪魔する奴も、人で遊ぼうとするやつも、口うるさいやつも家にはいない。
それにコレと言って、急いでやらなければいけないこともない。
先ほどから寝ていた所為で今が何時かもわからないが、もともと予定がないのだから問題もないはず。
「……もっかい寝よ」
独りでは広いこの部屋でぼそりと呟き、俺は再度深い眠りにつこうとして。

「こんちは〜」
雨音に混じる微かなノックと、嫌な気配に目を覚ました。

誰か、なんて考えなくてもわかる。
此処のところ、毎日のようにして訪れる天使だ。自分の眉間に、大量の皺が寄ったことに気がつく。
せっかくゆっくり眠れるはずだったのに。
どうせ天眠と約束でもしているのだろう。あいにく奴は外出中だ。つまり俺が出てやる義理はない。
頭の端で考えて、俺は居留守を決め込むことにした。
未だ続いているノックは耳障りだけれど、雨音にまぎれて無視できる範囲。
誰も居ないとわかれば、天使も直ぐに諦めるだろう。俺は寝ていたのだから、訪問客に気がつかなくても仕方がないし。
ごろごろと寝返りを打ちながら、天眠に問い詰められたときの言い訳も考えておく。

「邪魔しま〜す」
しかしそんな用意も空しく、誰も開けていない筈の扉が勝手に開いた。
否。扉が勝手に開くはずはない。声をかけてきた奴が、招かれもしねぇのに入ってきたのだ。

「なんだ、いたんじゃないか。返事が無かったから誰もいないと思ってた」
「てめぇ、何勝手に入ってきてんだよっ」
「天眠が中で待っていろって」

軽く上半身を起して椅子に座りなおす。
そしてぎろりと睨みつけてやるが、全くおびえた様子も無い天使がずかずかと中に入ってきやがった。
雨粒だけは落としてきたらしく、地面に水の跡はないけれども。

「ふざけんな。此処はアイツだけの家じゃねぇんだ。さっさと出て行け!」
もともと天使を嫌悪している俺が、此処最近特に嫌いな相手。
天眠の知り合いである以上、怪我をさせるわけには行かないが、むかつくので脅し程度に氷の刃を撒き散らす。
相手も毎回のことだからと気にした様子も無く、軽く体を捻らせて全てをよけやがった。
どうせ当てるつもりは無かったけれど、こんな反応をされると更にむかつく。
俺は先ほどより大きめな氷を手のひらに集め……

「只今帰りました」
「げっ……」

投げた瞬間、運悪く帰宅してきやがった天眠に直撃した。
いや、一応寸でのところで交わされはしたけれど。……天使相手に気が立って、天眠の気配に気がつかなかったなんて。
誤魔化すように舌打ちをして、再度長いすに横になる。
怒鳴られる前に寝ちまおう。なんて、あまりに安易過ぎる考えだけれども。

「……海堵。ちょっと起きて此方に向きなさい」

やはり誤魔化すなんて無理だったようだ。低音の、冷ややかな声が俺の耳に届く。
知らない振りをしようか。
一瞬だけよぎり、しかし今までの経験上、其れは無理だと即座に悟る。
俺はしぶしぶと体を起し、今から説教を垂れるつもりなのだろう天眠の顔を見た。

「今のは私への攻撃ですか? それとも翡翠に向けたものですか?」

表面だけ見れば、穏やかな笑み。
しかし手前で強く組まれている両腕と、低音の声が怒っていることを告げている。
ちらりと視線を泳がせれば、怒気漂う天眠に圧倒されたらしい天使……翡翠の引きつった顔が目に入った。
きっとこの天使も、始めは天眠の表面だけを見て其れが天眠の全てだと信じきっていたのだろう。
……そんなはずがねぇのに。
祈朴や地補が怒ることは……力が暴走することとは別にして……あまりない。
以前そんな話の流れで
『僕達の感情。喜怒哀楽の怒は、海堵と天眠が持っていったんだろうね』
などと祈朴がほざいていたことを不意に思い出し、そんな場合じゃねぇと頭を振る。

「海堵、答えられないのですか?」

首を傾げるかのようにしながら、天眠がにこりと微笑んだ。
横に流れている長い1房の髪が軽く揺れ、この顔に騙された天眠信奉者の面々を思い出す。
ちきしょう、この場面を見れば絶対に全員が逃げ出すのに。
思わず意味のないことを考えて、俺はじっと天眠の視線を返した。つまりは、睨み返した。
「アイツが勝手に入ってきたんだ。不法侵入者には攻撃しても構わねぇはずだが?」
ゆっくりと息を吐き出しながら答えてやる。
力を込めすぎた所為で、喉がぐるると唸りを上げた。
そんな俺の顔を見ながらやはり首をかしげたままの天眠が、ちらりと視線の先を翡翠に移す。

「ノック、しなかったんですか?」
「まさか。ノックしても誰も出てこないから、言われたとおりに中に入ってたんだよ」

簡単な会話。だがこの短い文章だけで、俺が居留守を使ったことなどお見通しなのだろう。
再度やさしげな笑みを浮かべたの天眠が、俺のほうにと向いた。
即座に視線をそらしたくなり、だがどうにか堪える。
未だだ。未だ俺は負けちゃいねぇ! なんて、いつから勝負を始めたんだろうか。俺はぐっと天眠を睨み付けた。

「ノックの音が聞こえなかったんですか?」
「全く聞こえなかった」
「……耳掃除してないんですか?」
「毎日してるさっ。てか耳掃除してないだけで音が聞こえなくなるわけねぇだろ!」
「ならどうして聞こえないんですか。獣なみの聴覚は何処に捨てたんです?」
「ちょうど昼寝してたんだよ! だから、ノックの音なんて気がつかなかった」

さっき寝転がりながら用意していた言い訳を、どうにか言い詰まらずに答えていく。
納得したのかしていないのかは判らないが、テンポ良く進んでいた会話を止め、天眠が小さく溜息を付いた。

「貴方って人はどうしていつもいつも昼寝しかすることがないんですか。暇人にも程がありますよ」
「うるせぇ! 俺の時間をどう使うかなんて俺の好きにさせろっ」

あまりに小ばかに仕切った表情に、思わず怒鳴る。
だが天眠に堪えた様子は無く、其の挙句に
「私の育て方が間違っていたのでしょうか……」
などと演技掛かった口調でほざきやがった。
ちっきしょう。コンナ台詞、天眠じゃなきゃ即効で殴ってやるのに……。
文句を言えば言っただけ返されそうで、俺は我慢をするためにグッとこぶしを握る。
すると横で見ていた翡翠が、急に笑いだした。何がそんなに可笑しいのか、大声を出して笑っている。

「っにテメェ笑ってやがんだよ!!」
「いや、だって、さ、ぁ」

息が苦しいのだろう。腹を抱えながらも、俺を指差してひぃひぃと笑い続ける天使。
コロス。
天使ごときに馬鹿にされるなんて絶対許せねぇ。
先ほどの脅しとは違う強力な氷の刃を両手に作り出し、未だ笑い続ける翡翠に向けた。
それでもぎりぎり死なない程度に抑えている俺は、やはり偉い。なんて考えながら打ちつけようとして。

「俺とアイツが似てるなんて、天眠ってどんな目しているんだよっ」
とうとう床にしゃがみ込んでしまった天使の台詞に、俺は両手に作った氷の刃をそのまま天眠に向けて打ち付けた。
綺麗な線を描き、天眠を攻撃しようとする刃。もちろん、全て避けられてしまったが。

天眠。お前、何を考えてソイツを此処に呼びやがった!?

声には出さすに、それでも怒りを伝えるようにぎろりと睨む。
音にせずとも天眠には理解できたのだろう。悲しげな笑みが俺の目に映った。


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