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昼間なら日光を全て反射しそうな程に真白な外壁。
孤児院、と名乗るにはあまりにも高く大きなその建物は、凹凸の少ない真四角の形に建てられている。
単純な砂地で出来たグラウンドも、普通の孤児院とは比べられないほどに広く、
砂地が終れば更に柔らかな芝生の面が広がり、最後には桜の木々と白い柵が周りを囲っている。
「……でけぇなぁ」
「田舎モン丸出しの発言」
「うっせぇ!! お前だって田舎モンだろ!!」
「っバカ。声がデカイっ」
鼻で笑われたコトにむかついて怒鳴った俺の口を、桂嗣の手が叩くようにして塞いできた。
つまりは痛くて。挙句に呼吸が出来なくなるほどに俺の口を密閉しやがっている。
ちきしょう、放しやがれ!!
桂嗣の手を外そうとジタバタ暴れてみるが、其の手は離れず。
「……判っているんだろうな。白桜院に忍び込もうとしていることがバレたら、速攻で犯罪者扱いだぞ」
闇にとける程度の声で、俺に忠告してきやがった。
その口調と冷静そうな表情からいって、俺が苦しんでいることには全く気がついちゃいねぇ。
そんくらい十分判ってるよ!!
声が出せないので、その分のムカツキも込めてぎろりと睨む。
理解したのか、桂嗣がようやく俺の口元から手を離した。
「……苦しかったじゃねぇかよ」
「あ、悪い。息できなかったのか」
大きく深呼吸をして、それから文句を言ってやれば、桂嗣が悪びれた様子もなく謝りやがった。
本気で悪いなんて思ってはいない涼しげな顔。用事を済ませて此処を出たら、絶対殴ってやる。
「じゃ、行くぞ」
胸の中だけで決心していると、話は終ったとばかりに桂嗣がスッと動き出した。
足音は立てず、気配も感じさせないようにしている。勿論、風を切る音なんかもしなくて。
一度見失えば、この俺だって探すことは難しい。
「……ぁぁ」
俺も闇にとける程度の声で答え、そして同じように気配を隠して桂嗣の後について行った。
***
「護殊庁、桜花寮、白桜院。この3つに忍び込むとすれば、何処が一番難しいんだ?」
それは昨晩、俺が桂嗣に訊ねた言葉。
居間のソファーに座って単行本を開いていた桂嗣が、そっと閉じて此方を向いた。
「……何処も難しいと思うが……何かあったか?」
そしてほんの少しだけ、不穏そうな笑みを浮かべる。
それは多分、護殊庁関係が桂嗣にとってあまり得意な場所ではないからだろう。
理由は判らないが、もしかすれば護殊庁にいるという、祈朴の生まれ変わりが関係しているのかもしれない。
たまに俺が『祈朴や地補が今どうしているか』なんて想像話をすると、急に機嫌が悪くなる。
「いや、特に意味なんてないけど。興味本位ってトコかな」
軽く思考を廻らせた後で、俺は素っ気無く答えた。ついでに疑うような視線を向けてくる桂嗣に口元だけで笑ってみせる。
あまり得意ではないこの表情に、何かを感じたのか。桂嗣が舌打ちをし、また単行本を開いた。
忍び込むことへの意味なんて、もちろんある。
見たくも無い夢を終らせる鍵が、其の何処かに眠っているのだ。
そしてようやく、アノ日の約束を、果たさないという決心がついたのだ。
過去の大切な相手よりも、今の大切な人達を守りたいと願うから。
***
一番北側にある2階の窓は、いつも開いているのだという。
何故桂嗣がそんなことを知っているかは判らないが、取り合えず先導の後を追った。
言ったとおり。
開いていた窓から白桜院に入り、周囲に人の気配が無いかを確かめながら階段に向かう。
最上階を目指しているのだから、本当は屋上から侵入した方が早いけれど、桂嗣曰く危険らしい。
『普通の孤児院は、警備などはそこまで厳重ではない。
だが白桜院は力を持つ子しか入れない特殊な孤児院で、しかも此処で育つ子の殆どが護殊庁で働くことになる。
それに強い力を持つ子供は需要が多く、世間では誘拐事件も耐えない。
つまりは護殊庁の人員確保と、誘拐事件を防ぐためにも白桜院の警備は厳重にする必要がある。
だから白桜院の周囲には、定時に護者が巡回する。其の時間も日によって変わるため、屋上に行くのは危険極まりないんだ』
……ということらしい。
ならば1階や2階から侵入しても難しいのでは……となるが、それはそうでもないようで。
否。基本的には警備は厳重で、大概の人物では侵入なんて出来ないが、桂嗣には特殊な経路がある……のだとか言っていたけど。
まぁ俺としては、最上階にさえ行ければ文句はないから。取り合えず言われたとおりについていく。
さて、此処に鍵が隠されているのだろうか。
見たくも無い夢で、何度となく話した相手との約束を果たす場所。
長く待っている相手に、取り消して欲しいだなんて。思うだけで、強い頭痛とめまいがする。
頭の奥底にいるヤツの記憶が、悲しみに震えているのだろう。俺に裏切られたと、怒鳴っているのかもしれない。
悪いとは思う。可哀想だとも思う。幼い日の俺ならば、約束を果たしたかもしれない。
けれど。
今の俺には、その感情を消せるほど大切な人が沢山居るから。
あの悲しい約束は、もう果たせないのだと伝えたくて。
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