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「……何があったんだ?」
「うるせぇ、俺の所為じゃない」
空から差し込む光を全て取り入れる、最新式の住宅……なんて望んじゃいなかったが。
天井どころか壁の一部さえもがなくなった家で、俺は小さく唸った。
今しがた帰宅したばかりの地補が、引き攣った笑みを浮かべて室内を見回す。
そして人差し指で頬を掻き、軽く頷いた。

「もしかしてあの子と祈朴が会ったのか?」
「もしかしなくても会ったんだよ!!」

忌々しげに吐き捨てれば、地補が苦笑を漏らし、家から出るタイミングを失った天使が居心地悪そうな顔をした。
やや青み掛かった白髪と、翡翠色の目が軽く揺れる。
きっとどうしてこんな状態になったのか、皆目検討もつかないのであろう。
まぁ天使ごときに、天子の力の威力がどれだけ大きく、またどれだけ不安定なのかも判るわけが無いだろうが。
天眠が帰ってきたら、絶対殴ってやる。
そう心に決めた瞬間に、家としての機能を果たさない家の扉が開いた。

「あ、海堵。ようやく帰ってきたんですね」

まるで天井など見えないかのように、穏やかな笑顔の天眠が家に入る。
というか第一声がソレなのか。頭の中だけで突っ込みを居れて、ぎろりと睨みつける。
しかし全く答えた様子のない天眠が、当たり前のように天使に片手をあげて話し掛けた。

「すいません、思った以上に待たせてしまいましたね」
「いや、俺は別に構わねぇけど……」

床に倒れている祈朴も無視をして、すたすたと天使のところへ向かう。
ついでに微妙な表情を浮かべている地補にも『お帰りなさい』の一言だけ。


……これはつまり。


「現実逃避するんじゃねぇぞ」
俺の横も通り過ぎて天使の所へ行こうとした天眠の肩を、がしりと掴んだ。
自分が思っていた以上の低音が出たので、長い付き合いの奴等にはどれ程に怒っているか判っただろう。
肩を掴まれた天眠が立ち止まり、くるりと俺の方に向きを変える。
張付いた笑みが少し崩れ、そして溜息を吐き出した。

「すいません。私が軽率でしたね」
そして更に吐き出された溜息。
「貴方を探しに行く間だけだから、大丈夫だろうと安易に考えていました」
なんて言い訳にしか過ぎませんけどね。と自嘲する天眠。
祈朴が天使の感情を見てしまった所為で力を暴走させたことくらい、この惨状を見て理解していたようだ。
つまり祈朴があの翡翠色の目を持つ天使の『感情』を見てしまい。
その所為で不安定な精神の力が暴走し、セットの樹木を操る力も暴走し。
手短に樹木で出来ているこの家の壁や天井を一気に成長をさせて。
せっかく家の形をしていた木々が、好き勝手な方向に伸びて家の形をなくしてしまった……ということを。
天眠は即座に理解して、敢えて無視していたのだ。

「さて……」

現実をしっかり受け止める体制に入ったらしい天眠が、無くなった天井を仰いだ。
晴れた青色が、ゆっくりと夕焼けのオレンジに染まり始めた空。
家自体が樹木で出来ているため、家の壁が祈朴の暴走に触発され不思議な方向に伸びている。
もちろん祈朴さえ目を覚ませば直ぐに修理させることが出来るだろうけども。

「……こりゃあ数日は起きねぇだろうなぁ」
何時の間にか祈朴の横にしゃがみ込んでいた地補が、ぽつりと呟いた。

祈朴の額に手をあてて、簡単に治療を施している模様。
暴走を止める為にと、俺が突き刺しまくった氷の粒がゆっくりと溶かされている。
「てか慌てていたのは判るけど、ちょっとやり過ぎだぞ〜」
「うるせぇ!」
祈朴の体全体に出来た小さな傷と、其処から流れる朱色の液が床を汚していて。
軽い口調の地補に、気まずくなって視線をそらした。

この参上の原因は確実に天眠の所為だ。
祈朴が前髪を上げていることを知っていて、この家に天使を連れて来たのだから。

けど祈朴の暴走に慌てた俺が、思わず防御を一切しなかった祈朴に全力で攻撃してしまったのも事実。
近距離からの攻撃。小さい氷粒が大量に突き刺さるのは、大きな刃で刺される一撃よりも痛かったはず。
それでも俺に攻撃をし返すことなく、しっかり気絶して見せた祈朴は偉いと褒めてやっても良いだろう。
俺ならきっと、俺を攻撃してきたヤツを攻撃し返す。それが例え、力の暴走を止めるためであっても。

「……祈朴には、起きたときに謝る」
言いたくもなかったけど、一応ぼそりと呟く。地補からくつくつと喉で笑う声が聞えた。


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