喉が、渇いた。
変な寝方をしたわけでもないのに、寝違えたかのように首元が痛い。
「……気になるのぉ」
あまりに中途半端な目覚めに、まろは不快そうに天井を睨みつけた。
今まで何度となく海堵や稜の記憶を見てきたが、こんな場面で起きたことは無い。
いつもはどこか区切りの良い部分で目が覚めるのに。
もう一度寝直そうか。小さく呟き、ごろりと寝返りを打ち横を向く。
そして隣に並んでいる布団に、人が入っていないことに気がついた。
「おや?」
くるりと首を動かしてみれば、両隣の羅庵と桂嗣、それに桂嗣の横に居たはずの童輔の姿が見えない。
このところ物騒だから全員揃って就寝する、という童輔の発言によりこの大広間で布団を並べているのだが。
1人ならば厠に向かったのかとも考えられるが、3人もいないのは可笑しい。
何かあったのだろうか。
布団からもぞりと這い出ると、健やかな寝息を立てていたはずの架愁と目が合った。
「近くの公民館に雷が落ちたんだって。明らかに人為的だから、3人で様子を見に行ったんだよ」
尋ねる前にまろの疑問が判ったのだろう。眠そうな声で話し始めた。
「雷は桂嗣の得意分野だからね。最近噂の不審術者かもしれないし、違ったとしても危険人物を放置しておくのは危ないから」
軽く欠伸を噛み殺し、ついでに己の布団に軽く押し入っている栗杷に毛布を掛けなおしている。
その架愁の肩に頭をぐりぐりと押し付けている栗杷は、まるで子猫のようで、まろはさり気なく視線を外した。
「最近噂の……とは、片方しか翼がないとかっていう奴じゃよな?」
「うん。今までも雷を操っていたんだってさ。片翼で雷を扱うんじゃ、桂嗣が疑われるのも仕方がないよね」
ご愁傷様に。とまるでそうは思って居なさそうな声で、くすくすと笑っている。
きっと架愁も羅庵同様に、桂嗣ではないと判っていたのであろう。
「……さて」
「何処行くの?」
疑問が解けたのに、布団には戻らず歩き出したまろに、架愁が即座に訊ねて来た。
羅庵達が外に出たので、架愁が子供達のお守り役を仰せつかったのだろう。
眠っていたくせに、まろが布団から這い出した瞬間に目を開けたのも其の所為だ。
「……厠に行って来る」
「独りで大丈夫? 付いていこうか?」
「いらぬ。まろは其処までお子様ではないぞ」
本当は目が覚めてしまったので、暇潰しに月光浴に行こうとしていることがバレたのであろうか。
ぐっと胸を張るまろを、架愁が寝ぼけ眼で見つめている。
もっと別の言い訳でもしてみようか。
そう思い、口を開く前に架愁がにこりと笑った。
「厠を探して外にまで出ちゃ駄目だよ?」
ぽんやりとした口調。やはりまろの思惑などは筒抜けであったらしい。
「うむ、館内の全ての厠を制覇したら帰ってくるぞ」
眠る辰巳たちを起さぬように架愁にだけ告げ、まろは静かに大広間を抜け出した。
***
「欠けた月も綺麗じゃのぉ」
高級旅館かと言いたくなる凝った造りの廊下は、月の光が遮られないように窓には障子も嵌め込まれては居ない。
鳥や樹木の絵が掘り込まれた板を踏みしめながら、まろは足音を立てずに歩いていた。
此処には童輔以外の護者も居る筈なのに、全く人の気配はしない。
否。単純に、まろでは感じられないだけかもしれないが。
「外に行くか」
月見をしながら廊下を歩いていたまろが、ぽつりと呟いて足を止めた。
室内よりも、外に出た方がより沢山の月光を浴びることが出来る。
日光浴とは違い、ビタミンを作り出してくれるとは思えないがどうせならば直に浴びたい。
「……此処なら大丈夫であろう」
先程の架愁との約束をしっかりと頭の隅に追いやり、からりと窓を開ける。
下を覗けば、素足で降りても痛くはなさそうなグラウンド。
綺麗に整備されているようなので、きっと硝子破片が落ちていることもないだろう。
此処が二階だということが少々不安だが、そこは己の身体能力を信じるとして。
「ダレもおらぬな?」
居るよ、と答えられても困るが、一応周囲に向かって小さく訊ねる。
無論、返答は無い。
それでは、月光浴に出かけるとしよう。
心の中で宣言し、まだまだ成長不良な足を窓の縁に掛ける。
そして窓枠を掴んだ己の手で身体を引っ張り。
「……………………ぬ?」
目の端に映った光景に、思わずバランスを崩した。
窓枠を掴んでいた手が離れ、しかし身体だけは窓の外側へと飛び出しており。
頭からグラウンドに着地するまでの間、美しき光景がまろの目には焼きついた。
それは、月光を浴びて白銀に輝く片翼のヒト。
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